RACEQUALIFYINGPRACTICE
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Rd.14 [Sun,02 September]
Streets of Baltimore

指の間をすり抜けた初優勝
 佐藤琢磨は、ボルチモアで開かれたIZODインディカー・シリーズで彼が本当に求めていた物を手に入れた。それは、他ならぬ“雨”だった。

 ここに、エンジン交換のペナルティを受けて24番グリッドからのスタートとされたうえ、ペースはトップグループほど速くないパッケージで戦うドライバーがいたとしよう。それでも彼が、もしもキャリアのごく始めにイギリスでレースを戦っていたなら、ふたつの“手助け”を手に入れることで上位に進出できるはず。ひとつはイエロー・コーションであり、もうひとつは滑りやすい路面である。

 ボルチモアでは、このふたつが琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダを2番手まで押し上げる原動力となった。その後、琢磨はトップに立つと、12周にわたってレースを支配したものの、ここで燃圧のトラブルが発生。結局、この問題のため琢磨は激しい失望を味わうこととなる。

 ミドオハイオ、そしてソノマと過酷なレースがふたつ続いた直後だっただけに、琢磨がこの現実を受け入れるのは容易ではなかった。「またもや、ひどい落胆を味わうレースとなりました」と琢磨。「今日こそ結果を残すことができると信じていたのですが……」

 「僕たちは大きな期待を抱いてボルチモアにやってきました。ミドオハイオとソノマの結果には大いに不満を抱いていました。ロードコース用の構造を用いたタイアでは、希望するようなスピードは手に入りませんでした。けれども、市街地用のタイアを履くと、僕たちはとてもコンペティティブになれるのです」

 しかし、最初のプラクティスでは思うような結果を残すことができなかった。「ソノマでもエンジンを交換しましたが、今回もまた問題が起きてしまいました。さらには、コース上の踏み切りのところに以前あったシケインを取り除いたことも混乱を招くきっかけとなりました。ここではマシーンが激しくボトミングし、宙を舞うこともあったので、インディカーにとっては大きな問題でした。そこで、彼らは最初のシケインの入り口にタイアウォールで作った暫定的なシケインを設置した後、翌日にはより本格的なシケインを作り上げたのです。つまり、毎日シケインの状態が変わっていったのですから、戸惑わずにはいられませんでした」

 土曜日のプラクティスで琢磨は4番手に食い込んだので、予選では好結果が期待された。たとえ、エンジン交換のペナルティで10グリッド・ダウンのペナルティを受けたとしても……。「土曜日の朝には、ようやくバランスを改善することに成功しました。再びコンペティティブになれたことを、僕は本当に嬉しく思っていました。つまり、予選への準備は完全に整っていたのです」

 「セッションが残り7分となったときにコースインするという、ややギャンブルな戦略を予選では採用しました。いささかリスキーなのは事実ですが、それは誰にとっても同じことです。ところが、僕がまだウォームアップを行なっている最中に、グレアムがシケインのウォールに接触してしまい、セッションは赤旗中断に。これは僕がタイムアタックを始める前のことで、したがってまともなラップタイムを記録することはできませんでした」

 あまりの不運に悲嘆する琢磨とRLLRチームは予選グループ内の10位、そしてペナルティが科せられて25台中24位に位置することになった。「ペナルティが科せられることはもちろんわかっていましたが、予選では絶対にいい結果を残せると信じていたので、これには本当にがっかりしました」

 ボルチモアのレースは2ストップでも3ストップでも走りきれるが、グリッド後方からスタートする琢磨にとっては3ストップのほうがより効果的であると思われた。実際、レース序盤はレギュラードライバーの代役として登場したベテラン、ブルーノ・ジュンケイラを追走する形で周回。やがて最初のコーションでピットストップを行なったが、2周後には燃料を少しだけ継ぎ足す作業のため、改めてピットに飛び込んだ。

 「ボルチモアはオーバーテイクができるコースです」と琢磨。「決して簡単ではありませんが、不可能ではありません。もっとも、状況を考えれば、毎周毎周オーバーテイクできるほど僕たちのマシーンは速くありません。いっぽう、僕たちは状況にあわせて柔軟に対応できる戦略を用意していたので、人とは異なる戦い方をすることにしました。スタートでは、まったく順位を上げられませんでした。なにしろ、僕たちのグリッドポジションでは、スタートが切られたとき、まだ最終コーナーに辿り着いたばかりだったのです。あれでは、高速で走るパレードも同然でした」

 「はじめのコーションの最後に僕たちは、もう1度余計にピットストップを行なうことにしました。というのも、後方を走っているのは2台だけだったので、何も失う物はなかったからです。しかも、ピットストップすればエクストラの燃料が手に入ります。けれども、レースがすぐに再開されたため、僕は集団から大きく遅れる格好となってしまいました」

 運のいいことに、ほどなく次のコーションとなり、琢磨は集団に追いつくことができた。しかも、雨が降り始めたのと前後して、スピンを喫したマルコ・アンドレッティがバリアに激突。このため、コース上は再度フルコーションとされた。ここでほとんどのドライバーがピットストップを行なったため、琢磨は5番手にジャンプアップ。直後のリスタートではルーベンス・バリケロをオーバーテイクして4番手に浮上したところで、ダリオ・フランキッティのスピンによりまたもやコーションとなった。ここで上位陣の多くがピットストップを行なった結果、琢磨はジェイムズ・ヒンチクリフに続く2番手となった。コーションが終わってグリーンが提示されると、琢磨はヒンチクリフを攻略してトップに浮上。最初の1周で4.2秒も差を広げただけでなく、その後の3周で8.2秒の大量リードを築くことに成功する!

 「雨が降り始めたとき、僕はバイザーの奥でにやりと笑ってしまいました」と琢磨。「どんな雨でも大歓迎でした。本当に、このときは嬉しかったのです。コースの一部はほぼ完全に乾いていましたが、メインストレートはウェットだったので、レインタイアに交換するか、スリックタイアで粘るかの判断は非常に難しいものでした。僕はボビー・レイホールと相談しましたが、彼が雨はすぐに止むと予想したので、ドライタイアで走り続けることに決めました」

 「ヒンチクリフをオーバーテイクしてからは、ぐんぐんリードを広げることができました。ウェットコンディションのなかをドライタイアで走るのは非常にトリッキーでしたが、それでも後続を引き離すことができたのです。やがて、ライバルとのギャップがとても大きくなったので、次の給油までにできるだけ多くの周回がこなせるよう、燃料をセーブする走りに切り替えました。これでライバルたちが追いついてくるのはわかっていましたが、僕たちの立場は非常に強力で、しかも、あと1回だけピットストップを行なえばフィニッシュまで走りきれる状況でした。けれども、ここで燃圧に関係する問題が起きてしまいました。最初のうち、エンジンは咳き込んでいるだけだったので、これは燃料のミクスチャーをものすごく薄くした影響だろうと考えていました」

 ところが、次のコーションでは、リスタートでほとんどマシーンが加速せず、それまでトップを走っていた琢磨はあっという間に5番手に転落してしまう。「スロットル・ペダルを踏み込んでもパワーは手に入りませんでした。しかも、症状は次第に重くなるばかり。僕はなんとかして走り続けようとしましたが、燃圧は落ちるいっぽうで、最終的にはエンジンが反応しなくなり、ギアチェンジもできなくなっていました」

 6番手に順位を落とした琢磨は予定していた最後のピットストップを行なったが、その後、5周を走ったところで悔しいリタイアに追い込まれることとなった。「僕たちは、ドライコンディションでいちばん速かったわけではありませんが、追い越されない程度のスピードは持っていたので、充分に勝てる状況でした」と琢磨。「今回は本当に悔しい。でも、メカニックたちは本当に素晴らしい働きぶりを見せてくれました。なにしろ、彼らは週末の間に2度もエンジン交換を行なったのです。彼らがたくさんの作業をこなしてくれたおかげで、僕たちは再びコンペティティブになれました。けれども、今日は本当に運がなかったと思います」

 IZODインディカー・シリーズは余すところ1戦のみとなった。最終戦は2マイル・オーバルのフォンタナで繰り広げられる500マイル・レース。「これは完全に別のレースです。できれば、毎年行なわれる“もうひとつの500マイル・レース”のときのように、自分たちがコンペティティブだったら最高ですね。このコースはユニークで、本当に小さなダウンフォースしか必要としません。ここでは1度もレースを戦ったことはありませんが、ソノマの前に1日テストを行ない、貴重なデータを収集しました。ここはとてもバンピーで、500マイルはタフな戦いとなるでしょうが、それと同時に、2012年IZODインディカー・シリーズを締めくくる素晴らしいチャンスが手に入るものと期待しています」

written by Marcus Simmon
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