COLUMN |
もしも佐藤琢磨のIZODインディカー・シリーズでのポディウム・フィニッシュが図書館の本だとしたら、返却期限を大幅に過ぎて過大な延滞料金が課せられていたことだろう。
琢磨にとってトップ3フィニッシュは待ち焦がれた結果であり、それに相応しい実力を彼が有していることはいうまでもない。けれども、ついに、サンパウロの市街地コースで待望の表彰台フィニッシュが果たされることになった。 おかしなことに、このレースほど琢磨が上位フィニッシュするのが難しいと思われたレースもなかっただろう。予選に出走できなかった琢磨は、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシーンを25番グリッドからスタートさせることになった。このスターティンググリッドであれば、トラブルフリーのレースを走りきり、トップと同じ周回でチェッカードフラッグを受けることができれば上出来だと誰もが思っただろう。 「2日間開催のレースイベントだったため、僕たちはより不利な状況に立たされました」と琢磨。「僕たちはプラクティスからトラブルを抱えていたので、その遅れを取り戻すには、あまりにも時間が不足していたのです」 「最初のプラクティスでは、マシーンのバランスはそれほど悪くありませんでしたが、まだまだ進化させなければいけない状況でした。エンジニアはいくつかのパラメーターについて不具合を見つけていたので、走行を取りやめてギアボックスを開けることになりました。これは、まだセッション半ばのことでした」 「しかも、2回目のプラクティスではエンジン・トラブルのため数周しかできなかったので、セットアップの変更が正しかったかどうかを確認することもできませんでした。おまけに、エンジン交換に時間をとられ、予選にも出走することができませんでした。本当に最悪の状況でした」 このため琢磨は最後列からスタートすることになった。しかし、すべてを諦めるのはまだ早い。決勝日の朝にはウォームアップが行われるのだから、ここでセットアップ変更の影響を確認すればいい……。ところが、ここであろうことか雨が降ってしまったのである。「セットアップの変更確認に加え、オルタネートタイアやプライマリータイアの感触も確認しなければいけませんでした。雨のレースとなることは全く構いませんでしたが、決勝はドライになると予想されていたので、ウォームアップで雨が降ることだけは避けてほしかったのです。したがって、レースを迎えるときには、わからないことだらけでした。マシーンのバランス、2種類のタイアでのハンドリング、ギアレシオ、そしてストレ−トスピードを左右するダウンフォースのレベルなど、不透明な部分があまりにも多い状況でした」 スタートではほとんど順位を上げることはできなかったが、その後は、琢磨の友人であり、同じ元F1ドライバーのジャスティン・ウィルソンと素晴らしいバトルを演じることになる。「ターン1のシケインはとてもタイトなので、26台が接触することなくそこを通過できたとしたら、それは奇跡のようなものです。ところが、今回はこの奇跡が起こりました。素晴らしいことに、どのドライバーも周囲のライバルにリスペクトを払っていたのです。けれども、僕にとってはあまり嬉しいことではありませんでした。なにしろ、おかげで順位を上げられなかったのですから!」 「この後は、ジャスティンと素晴らしいバトルを堪能できました。今季のインディでは、進路を1回だけ変更できるブロックが解禁されたので、彼のアタックをしのいで順位を守り続けることができました。ハードな攻防でしたが、非常にエキサイティングでしたね。たぶん、ジャスティンは僕に10回くらいアタックしかけたはずです!」 「その後いくつか順位を上げたものの、中段の大きな集団に追いついてしまったので、そこから順位を上げるのは難しい状況でした。このため、予定よりも早めにピットストップを行ない、戦略を3ストップに変更しました。ところが、残念ながらピットレーンに勢い良く飛び込みすぎ、速度超過によるドライブスルーペナルティを科せられてしまいました。これは僕のミスでしたが、おかげで状況はより困難なものとなり、僕はもう少しで周回遅れになりそうになりました。けれども、どうにか周回遅れにはならないペースで走行することができ、この後で入ったコーションに僕らは救われることになります」 レースを通じ、琢磨はたくさんのオーバーテイクを演じたが、その多くはコーション後のリスタートを利用したものだった。「アタックに次ぐアタックで、本当にエキサイティングでした。ピットストップで問題が起きたことも何度かあったので、僕はコース上で順位を取り戻すことになりました。その為に今回はとても忙しいレースで、順位を上げたり下げたりを繰り返しました。ただし、サンパウロはヘビーブレーキングが必要な部分がいくつもある素晴らしいコースなので、オーバーテイクするチャンスには事欠きませんでした」 「トップ10まで浮上したとき、『今後ピットストップを行なうドライバーが何人もいる』とボビー・レイホールが伝えてきました。それから5番手までポジションを上げましたが、僕は最初の3戦でリタイアに終わっていたので、あとはこのまま完走するのが僕の役目となりました」 けれども、最後からひとつ前の再スタートでは、エリオ・カストロネヴェスとダリオ・フランキッティを立て続けにパスするという、極めつけにドラマチックなシーンが待っていた。「うまく説明できないけれど、これが僕なんですね(笑) 順位についてチームが何を言おうとも、チャンスとみたらそれに向かって全力で挑む。もちろん、無茶をしたつもりはありません。ちょっとしたスペースが目に入ったので、そこに飛び込み、シケインをクリアしたのです。とびきりエキサイティングな瞬間でした」 この後に続く最後のリスタートでは、ウィル・パワーとライアン・ハンタ-レイが好ダッシュをみせたため、琢磨は彼らを追いながらフィニッシュを迎えることになった。この成績は琢磨にとって本当に嬉しいものだった。さらに、この週末は、コース外での戦いでも、琢磨を始めとするホンダ・ユーザーがシボレー勢に対してパフォーマンスの差を縮めることにも成功した。 「ついに今日はいい結果を得ることができました」と琢磨。「ずっと不運続きでしたが、これまでも十分なスピードとポテンシャルを手にしていると信じていました。この週末はチームの戦略も最高で、彼らは素晴らしい仕事をこなしてくれました」 「ホンダのパフォーマンスが高くなったことも嬉しいですね。ピークパワーは改善され、シボレーに追いつきつつあるので、今後、状況はさらによくなっていくと思います」 この好成績が得られたタイミングも申し分なかった。今後、チームは伝統の一戦であるインディ500が行なわれる5月を迎えることになる。しかもその舞台は、今回のレースに先立ち、琢磨が最後に表彰台に上ったインディアナポリス(ただし、このときはF1)なのである。「インディカー・シリーズで最初の表彰台を手に入れることができて、本当に嬉しく思っています。けれども、次に控えているのはビッグレースで、まったく違った展開になるでしょう。これは本当に大きなチャレンジなので、いまはインディに行くことをとても楽しみにしています」 written by Marcus Simmon |