COLUMN |
レース序盤に後退を余儀なくされた佐藤琢磨は、レース戦略で賭けに出て、これによって流れを大きく変えた……。ロードアメリカで行なわれたNTTインディカー・シリーズの1戦について、そんな風に振り返ることもできるだろう。No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダは、レースの大半を最後尾近くで走行していた。そして2周にわたって首位に立ったのに続き、レースが残り2周でグリーンフラッグが振り下ろされると、琢磨は12番手から8番手まで躍進したのである。
ウイスコンシン州に建つ全長4マイル(約6.4km)の素晴らしいロードコースでは、今回2度のフリープラクティスが実施された。これは、新型コロナウィルスによって世界中のスポーツが苦しんでいることを考えれば、実にぜいたくな措置といえる。フリープラクティスの1回は金曜日に、そうしてもう1回は土曜日に行なわれた。最初のセッションを13番手で終えた琢磨は、2回目のセッションで19番手へと後退してしまう。「僕たちは純粋にスピードが不足していました」と琢磨。「最初のセッションが行われたのは金曜日の夕方だったので、なにが起きているかを解析する時間がありました。最初の走行を終えたところで、僕たちはマシーンを改善できると考えましたが、同じことは他のチームについてもいえました」 この結果、琢磨は予選グループで10番手となり、20番グリッドからスタートすることが決まった。「なにかが間違っていたわけではありません。ただ、(琢磨とチームメイトであるグレアム・レイホールの)ふたりともセグメント2には進出できなかったのです。予選20位は、ひどく不満が残る結果です」 ただし、私たちがこれまで何度も目にしてきたように、ウォームアップでRLLRチームは大きく躍進し、琢磨は8番手のタイムを残したのである。「他のレースと変わりありません。僕たちのレースカーは、セットアップの考え方がほかのチームと異なっているのでしょう。このため、予選ではタイヤにエネルギーを与えることができず、苦戦を強いられることになります。これは残念なことですが、その理由も、どうすればいいかも、よくわかっていません。いっぽう、ウォームアップではプッシュ・トゥ・パスが使えるので、その結果を鵜呑みにはできないでしょう。ただし、僕たちがコンペティティブであることは間違いありませんでした」 レースのスタートが切られると、琢磨の躍進はただちに始まった。まずスコット・マクラフリンとジェイムズ・ヒンチクリフを仕留めると、今度は森へと続く悪名高いライトハンダーのカナダ・コーナーでマーカス・エリクソンに襲いかかったのである。しかし、残念なことに、このバトルをきっかけにして琢磨はコナー・デイリーと接触。この衝撃でデイリーはアウト側に追いやられることとなる。このとき、琢磨は17番手だったが、フロアや左側のサイドポッドにダメージを負っていたため、すぐにマクラフリンとダリーに抜き返されてしまう。さらにケヴィン・マグネッセンにもパスされたが、琢磨は6周目に抜き返し、19番手につけていた。 「ロードアメリカのスタートはいつもエキサイティングです。ターン1の進入はタイトで、とてもチャレンジングですが、この先に控えたターン3やターン5は流れるようなコースレイアウトで、2ワイドもしくは3ワイドで駆け抜けることができます。僕はヒンチやスコットとサイド・バイ・サイドとなり、順位を上げていきましたが、バックストレート・エンドでマーカスのインサイドに飛び込んだところ、路面が恐ろしくバンピーで埃っぽい状態でした。ただし、止まりきれなかったのは僕のミスで、コナーのインサイド深くに入り込み過ぎ、彼をアウトに弾いてしまいました。僕のマシーンだけでなく彼のマシーンもダメージを負ってしまったと思います。コナーには申し訳ないことをしました」 琢磨は10周目に早めのピットストップを実施。RLLRチームのメカニックたちは、テープでサイドポッドに応急処置を施そうとした。「サイドポッドがバタバタと暴れている状態でした。これでダウンフォースが減り、ドラッグが増えていたことは間違いありません。つまり、DRSの反対です! ロードアメリカには長いストレートがあるので、これはとても苦しい状況です。僕たちは最初のピットストップでリペアしようとしましたが、完全に直す時間はありませんでした。これで一旦はペースが元に戻りましたが、サイドポッドはまたバタつくようになりました」 この後で起きたジミー・ジョンソンのスピンが、琢磨にとっては救いとなった。コース上にイエローが提示されると、RLLRのメカニックは再びテープを駆使し、今度はサイドポッドを完全に直してしまったのだ。問題は、イエローが思いのほか早く終わったため、グリーン・フラッグが振り下ろされたとき、琢磨は集団から大きく引き離された位置を走行していることにあった。「これはちょっと辛かったですね。ロードアメリカは全長が長いコースなので、意外と早くリスタートが切られました。おかげで、前を走るドライバーの姿は見えませんでしたが、しばらくすると誰かが縁石を乗り上げたときに起きる砂ぼこりなどが徐々に見えるようになって、ライバルたちに近づいていることがわかるようになりました」 続いて琢磨に救いの手を差し伸べたのはエリクソンだった。彼がターン3でスピンを喫したため、イエローが提示されたのだ、このときは、マグネッセンと、すでにラップダウンとなっていたセバスチャン・ブールデ、そして琢磨の3人だけがコース上に留まり、残るドライバーは全員ピットストップを行なった。これによってマグネッセンがトップ、琢磨は2番手に浮上。リスタートが切られると、元F1ドライバーとインディカー・シリーズにデビューしたてのドライバーは数周にわたって激しいバトルを繰り返し、ブールデはリードラップに返り咲いた。続いて琢磨はターン5でデンマーク人ドライバーに勝負をしかけたが、妥協を知らないマグネッセンは、琢磨をアウト側に追いやったのである。次の周、琢磨は同じ場所でもう一度マグネッセンに挑みかかると、今度は攻略に成功。彼を2周半にわたってリードしてから、琢磨にとってこの日、最後から2番目となるピットストップを行なったのである。 「コーションになる前、僕たちは最後方を走行していました。ケヴィンと僕は、ピットストップしないことで大きく順位を上げました。ただし、おかげでほとんどのドライバーがあと1回だけピットストップすればいいのに対し、僕たちは2回ピットストップする必要がありました。つまり、僕とケヴィンは激しくポジションを競い合う関係にあったのです。その少し後で、僕たちはグリーン中にピットストップを行なうことになります。ただし、ときにはどうにかしてチャンスを手に入れなければいけないときがあります。もしもほかの誰かと同じようにピットストップすれば、残りのピットストップは1回で済みますが、依然として順位は下のほうです。ちょっとリスキーな作戦でしたが、なにかが起きることを期待して、僕たちはそうしたのです」 「ケヴィンと僕はポジションを入れ替えながら走っていましたが、あるとき、縁石に向けてはじき飛ばされました。あんなことをする必要はなかったのですが、まさに彼がF1時代によくやっていたことですよね! でも、彼は素晴らしい働きをしました。いったん僕が前に出ると、自分たちのペースは悪くなかったので、これには勇気づけられました。なにしろ、僕たちのマシーンはフロアにダメージを負っていて、本来よりも0.5秒は遅い状態だったのです」 グリーン中に2回目のピットストップを終えると、琢磨は16番手でコースに復帰した。やがて、通常の作戦で走るドライバーたちが最後のピットストップを終えると、琢磨はトップに浮上。ただし、まだピットストップを終えたばかりのマックス・チルトンが急速に近づいてくると、琢磨をあっという間に追い越していったのである。残り7周で琢磨は最後のピットストップを行ない、ソフトなレッド・タイヤを履いてコースに復帰。このとき14番手だった琢磨は、残り4周でエド・ジョーンズがコース上で停まると13番手へと駒を進めた。この影響でイエローが提示されると、オリヴァー・アスキューがピットストップを行なったため、琢磨は12番手に浮上。そして、グリーンフラッグが振り下ろされたのである。 最後の2ラップは、それはそれはスリリングな展開だった。ペースが落ちたジョセフ・ニューガーデンを仕留めると、続いてレイホールを攻略。パト・オワードとチルトンを出し抜いたのは、まさに最後の最後のことだった。「もちろん、最高に楽しかったですよ! レース終盤にピットインした僕は、レッド・タイヤのアドバンテージをフルに使い切りました。次から次へとサイド・バイ・サイドとなる素晴らしいバトルでしたが、特にグレアムとの戦いは楽しいものでした。もちろん、チームメイトである彼とのバトルでは細心の注意を払いました! 3つのコーナーを駆け抜ける間、僕たちはずっとサイド・バイ・サイドのままで、僕はインサイドに入り、アウトサイドに回ってオーバーテイクしました。もともとのポジションを考えれば、8位は満足のいく結果で、ピットでは誰もが笑顔を浮かべていました」 次のレースは、同じロードコースでも全長がずっと短いミドオハイオで開催される。ここは実質的にレイホール・ファミリーのホームコースといえる場所だ。「これまでシミュレーションで開発を行なってきたので、いいペースを発揮できると期待しています。レイホールは、いつもたくさんのゲストをこのサーキットに招きます。ミドオハイオは、イギリスF3で戦っていたころのサーキットを思い起こさせてくれるので、僕も大好きです。トリッキーなコースで、週末の間にコースコンディションが大きく改善されるのが特徴ですが、できればこのコースで好成績を挙げたいと願っています」 written by Marcus Simmons |