COLUMN |
佐藤琢磨は2011年インディ500で好成績を残せそうな感触を掴んでいたが、結果的にはこのレース最初のリタイアとなり、深い落胆を味わうことになった。
IZODインディカー・シリーズ中、もっとも名高いインディ500に琢磨が挑戦するのは、これが2度目のこと。20ラップを終え、前を走るマシーンと0.1秒差につけていた琢磨は、ようやくリズムに乗りかけていた。事故は、そのとき起きた。 2011年のカレンダーでは、インディ500がシーズン最初のオーバルレースとなっている。KVレ ーシング・テクノロジーは、このシリーズ最大の1戦に向け、2000年イギリスF3で琢磨とライバル関係にあったトーマス・シェクターを迎え入れて4台体制としたが、チームの様子は決して悪くなかった。「冬の間にチームはマシーンの細部を徹底的に見直していました」と琢磨。「ギアボックス、ボディワーク、そうしたすべての細かい部分です。インディ500は特別なイベントで、プラクティスが始まったとき、僕は去年よりも強い自信を抱いていました。どんなイベントか、僕にはわかっていました。決勝レースに辿り着くまではとても長く、こなさければならない作業がたくさんあって、というようなことですが、少なくとも僕は大まかな流れを把握していました」 プラクティスを通じて琢磨はまずまずのスピードを記録していたが、多くのドライバーが不順な天候に苦しんでいた。「天気は不安定で、おかげで走行時間が短くなってしまいました。このため予選や決勝に向けたセットアップを行なう時間が不足していました」 「まずメカニカルグリップを最大限発揮させ、リアを安定させてから、ウィングを少しずつ寝かせていきます。このウィングの調整は、スーパースピードウェイだけで認められているものです。けれども、僕たちのマシーンはどれもメカニカルグリップが不足気味で、このためダウンフォースを多めにつけなければならず、結果的にこれがスピードの低下を招いていました。困難な状況でしたが、4台体制のおかげで何がベストかを探ることはできました。徐々に進歩していることには満足していましたし、予選に向けて自信も抱いていました」 琢磨はチームメイトのシェクター、トニー・カナーン、E.J.ヴィソを易々と予選で下したものの、4ラップ連続で行なうアタックでは、あと0.01mph(0.016km/h)という僅差で、トップ9だけが挑めるポールポジション・シュートアウト進出を逃した。「本当に惜しいところでチャンスを逃してしまいました」と琢磨。「でも、なんとかしてコンスタントな走りができました。アタック中には何度かマシーンがスライドするシーンがありましたが、必死に走り続けました。予選10番手に入れたことはとても嬉しいですし、クルーのみんなが素晴らしい仕事をしてクルマをまとめ上げてくれたことにも感謝しています。ただし、この時点ではレースセットアップにまだ不安を残していました。ダウンフォースを減らしていったとき、現状のセットアップがいかに微妙なものであるかがわかりました。特にリアエンドの反応は敏感でした。すぐにでもコントロールを失ってしまいそうで、このままではとても自信を持てそうにありませんでした」 通常はレースセットアップを仕上げるのに利用する金曜日のカーブデイも、琢磨のマシーンにトラブルが発生したため、ほとんど役に立たなかった。「インスタレーションラップを終え、計測ラップに入ろうとしたところでギアボックス・トラブルが起きてしまいました。おかげで、何もできませんでした。レースセットアップの確認もできなければ、集団のなかを走ったときの感触も確かめられなかった。このままレースを迎えるのは困難な状況でしたが、チームメイトがプラクティスで良好なパフォーマンスを示していたことは救いでした」 琢磨は日曜日に行なわれるレースに思いを馳せながら、静かに時の過ぎるのを待った。上位進出に必要な作業を行なうチャンスはきっとあると自分にいい聞かせながら……。「スタートはスムーズに行きましたが、その後、スピードを乗せるのに少し手こずりました。マシーンのバランスにはあまり満足できませんでしたが、これは長いレースで、ピットストップではウィングやタイア空気圧を調整できるし、アンチロールバーやウェイトジャッカーだって使えます。僕は辛抱強く状況を見守ることにし、パニックには陥りませんでした。いまはまだ十分なスピードではないけれど、ピットストップ後には改善できるはずだからです」 この後、ジェイムズ・ヒンチクリフにオーバーテイクされようとしたとき、琢磨のラインはアウト側に膨らんでマシーンの右側がウォールに接触、ここで彼のレースは幕を閉じてしまった。「全長2.5マイルもある巨大なオーバルコースなので、ふたりのスポッターが必要になります」と琢磨。「昨年もスポッターを務めてくれたロジャー選手はターン3に陣取っており、彼には全幅の信頼をおいていました。ターン1を受け持つスポッターは経験豊富な人でしたが、一緒に組むのはこれが初めてでした。彼とのコミュニケーションには問題があり、このため残念な事態となってしまいました」 「インディアナポリスはバンク角が浅いので、レーシングラインは1本だけのレーストラックとされています。ヒンチクリフがインサイドに入ってきていると聞かされたとき、僕はすでにターン1にフルスピードで進入していた後でした。これには本当に驚きました。なぜなら、一度ミラーのなかの姿を見失ってしまうと、どこにいるのかまったくわからなくなるからです。だからこそ、スポッターはとても重要なのです。もう1台のマシーンがどこにいて、距離はどのくらいなのか? それらを正確に知っていなければならないのに、ターン1に進入するまで、僕は何も聞かされていなかったのです。彼がインサイドに入っていると知ったとき、スペースを与えるために僕は慌ててスロットルを戻しましたが、全力で走っている状態だったために勢いが強く、マシーンは滑りやすいグレイ・レーンに入ってしまい、思うように曲がらなくなってしまったのです」 「インディアナポリスではサイド・バイ・サイドでコーナーに進入することは自殺行為に近いものがあります。このような場合、僕はコーナーに入る前に進路を譲り、後で追い上げることにしています。ずっとそうしてきたし、それを不満に思ったことはありません。したがってとても残念でしたが、ハードワークをこなしてくれたメカニックとエンジニアたちには心から感謝したいと思います」 いずれにせよ、琢磨は頭を切り替えなければならない。なぜなら、非常にバンク角が深く、インディカー・シリーズの戦いとしては新しいスタイルとなるテキサス・モーター・スピードウェイでの1戦が次に控えているからだ。「こんな形でインディ500を終えたいなんて、誰も思わないでしょう。けれども、僕たちが記録したスピードは、今後のオーバルコースでも力強く戦える可能性を示しています。この後、僕たちはミルウォーキー??ここではエキサイティングなレースが繰り広げられると聞きました??でテストを行ない、それからテキサスのレースを迎えることになります。テキサスでは、この週末に味わった落胆を忘れさせてくれるような好成績を手に入れたいと思っています」 written by Marcus Simons |