COLUMN |
予定より1日遅れとなったIZODインディカー・シリーズのサンパウロ戦で佐藤琢磨は劇的な成果を手に入れようとしていたが、それはあと一歩というところで実現しなかった。
琢磨がレースでトップに立ったのは、2004年5月にニュルブルクリンクで開催されたF1ヨーロッパGP以来のことで、今回は2001年11月のマカオF3グランプリに続く栄冠を勝ち取ったとしてもおかしくない状況だった。けれども、インディカー・レースではしばしば起きるように、ピットストップ作戦が勝負の明暗を分けた。そして琢磨とKVレーシング・テクノロジー-ロータスは誤った作戦を選択してしまったのである。結局、琢磨は8位でフィニッシュ。期待された成績とはほど遠い残念な結果に終わったのである。 予選結果はまずまずなもので、26台の全エントリー中、トップ10のグリッドを決める予選第2セグメントに駒を進めた。KVのドライバーとしてはベストな成績である。「コンペティティブになりたいと毎回願っていますが、スピードの点でトップグループから明確に引き離されていることが改めて明らかになりました」と琢磨。「プラクティスを通して着実に進歩させることはできました。走るたびによくなっているけれど、予選の最終ステージに進出するスピードはまだ手に入れていません」 「自分たちにできることはすべてやり切ったと思いますが、残念ながら、予選10番手はいま獲得できるグリッドとしては最高のもので、今季のベストリザルトでもあります」 しかし、そこまでの結果はすべて、決勝日の激しい雨によって洗い流されてしまう。「レース前は少し緊張していました」と琢磨。「僕はウェットコンディションでインディカーを走らせたこともなければ、ウェットタイアで走った経験もありませんでした。僕が最後にウェットタイアで走ったのは、おそらく2007年のF1日本GPのことだったと思います。ウェットコンディションでファイアストンのタイアとインディカーが示す挙動をテストで経験しておきたいとずっと願っていましたが、チャンスは訪れませんでした」 「サンパウロの市街地コースはとてもバンピーです。昨年のレースから再舗装がされましたが、バンプのひどさは相変わらずなうえ、再舗装したせいで路面から油分が滲み出ていたので、グリップレベルは相当低くなると予想していました。実際のところ、僕のインディカーでのウェット初体験は決してドライブが楽なものではありませんでした。あまりにグリップが悪くて、まるで氷の上を走っているみたいでした! でも、どのドライバーにとっても条件は同じでした」 レースがスタートすると、前方でアクシデントが起きたほか、琢磨は現チャンピオンのダリオ・フランキッティとグレアム・レイホールをオーバーテイクして4番手に浮上した。その後、コンディションはさらに悪化してレースは赤旗中断となる。このときマイク・コンウェイはスロー走行しており、赤旗が提示された段階で琢磨は3番手となっていた。 「徐々に感触が掴め、アクシデントにも巻き込まれなかったのでほっとしました。雨のなかのドライビングに関する理解は深まり、自信を持ちました。けれども、雨脚はさらに激しくなり、バックストレートではほとんど視界がゼロだったので、レースを中断としたのは正しい判断だったと思います」 月曜日の朝までチームは宿に戻って休息をとり、14ラップで中断されたレースは16時間35分振りに再開された。マシーンが姿を見せたとき、コースはドライだったが、すぐに状況は変化した。「2周のフォーメーションラップを行なっている間に雨がぽつぽつと降り始めました。目の前にはペンスキーが2台、そして直後にはガナッシのマシーンが控えていたので、ドライだったらとても厳しいレースになると予想していました。だから、ウェット・レースになるのは大歓迎でした。雨が降れば、様子も変わってくると思ったからです」 「バイザーに雨粒が落ち始めたとき、思わず笑みがこぼれましたが、あの状態でスタートを切るとは予想していませんでした。スタート直前、バックストレートの終わりではひどく雨が降っていたうえ、みんなドライタイアを履いていたので、まるでパッセンジャーになったかのように手も足も出ませんでした。そこで、スタートが切られるとすぐに、僕たちはウェットタイアへと交換しました」 間もなく、琢磨はライアン・ブリスコーを抜いて2番手に駒を進める。「まだグリップを探っている状態でしたが、ターン4で彼に追いつき、ターン5へのブレーキングでオーバーテイクしました。その後は前を走るウィル・パワーとの間隔を保つような形で走行しました。コンディションはトリッキーで、ハンドリングも理想とはほど遠い状態でした。アンダーステアが強いうえに、スロットルを踏み込むとスナップオーバーになってしまうのです。それでも僕はハッピーでした」 次のリスタート、琢磨はターン1への進入で驚異的なレイトブレーキングを披露すると、パワーから首位の座を奪い取り、次にイエローが提示されるまで約1秒のリードを保ち続けた。「チャンスがあったのでアタックしましたが、思い通りに決まりました。トップを走る気分は最高でした。なにしろ、トップチームに正面から勝負を挑んで勝ったんですから。ただし、ペンスキーが速いのはわかっていたので、スリップストリームを使われないように気をつける必要がありました。そこですぐにリードを広げると、その後はギャップを保てるようにペースをコントロールしました」 ほどなくしてフルコーションとなったとき、パワーを始めとする上位陣の多くはピットストップを行なった。レース終盤に入ると、琢磨はチームメイトのE.J.ヴィソを2〜2.5秒ほどリードしていた。その後、ヴィソにペナルティが下され、2番手は5秒ほど後方を走るマルコ・アンドレッティとなった。そしてアンドレッティが給油の為ピットに入ると、今度は12秒差でパワーが2番手に返り咲いた。残り数分、琢磨はピットストップを行なうことなく、首位の座を守り続けられるだろうか? 「イエローがたくさん出ていたので、燃料をセーブすれば最後まで走り切れるかもしれないと思っていました。最後のコーションが出たとき、僕には選択の余地がなかったし、チームは僕にステイアウトするように指示しました。けれども、あの状況では、他の多くのドライバーがそうしたように、僕らもピットストップを行なうべきだったと思います。僕らはギャンブルをする必要がありませんでした。僕は、誰の手も借りることなくトップに立ちました。ピットストップのタイミングがずれたからレースをリードできたのではありません。自力でトップに立ったのです。他のドライバーがピットに入って、僕ひとりがコースに取り残されたとき、僕はショックを受けました。あの戦略が間違いだったことはチームも認めています。僕にできることは懸命に燃料をセーブすることしかありませんでした。後続との距離を計りながらチェッカーを目指しましたが、もう一度フルコーションにならない限り、それは不可能でした。また、計時にもやや混乱があって、本来よりも4分ほどレースは長引いたので、この部分でも計算ミスがあり、あと3周分の燃料が必要となってしまいました」 戦略ミスの代償を支払わされることになった琢磨は、グリーンフラッグ中にピットストップを行ない、悔しい8位に終わった。「必要な燃料はほんの少しだけでしたが、これですべてを失いました。あと一歩でレースに勝てたと思うと、胸が締め付けられます。結局のところ、勝てなかったことは本当に残念ですが、この週末にスタッフがこなしてくれたハードワークには心からお礼を言いたいと思います」 チームがもっと早くピットストップが必要になることに気づいていれば、琢磨は早い段階から燃料をセーブしてペースを落とすことなく、プッシュしてギャップを築くこともできた。そうすれば、グリーンフラッグ中にピットストップを行なっても、ロスをもっと減らせただろう。つまり、上位入賞は依然として可能だったのだ。 しかし、琢磨の目は次戦インディ500に向けられている。シリーズ最大の一戦は、5月14日に始まり、5月29日に決勝が行なわれる。いっぽう、琢磨は今年100周年を迎えるインディ500の直前に日本に帰り、With You Japanのキャンペーンを行なう予定にしている。 「最近行なわれた2戦では、たくさんのことが僕の手をすり抜けていきました。すべて自分がコントロールできる状態にあったサンパウロでは、レースを心から楽しみましたし、興奮もしました。市街地コースとロードコースが続いたこの4レースで、期待された成績を何も残せなかったことは非常に残念です。ただし、いまはインディを楽しみに待っています。昨年は、何が起きるかまるで予想がつきませんでしたが、今年はもっと楽しめるはずです。そのためには、まず予選でしっかりしたタイムを残すことが先決ですね!」 written by Marcus Simons |