COLUMN |
佐藤琢磨はインディ500のディフェンディング・チャンピオンとしてマンス・オブ・メイを迎えた。しかし、スロー走行するマシーンとの接触を避けきれない状況に陥り、No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダは46周を走行しただけでリタイア。琢磨は今回のレースでもっとも早くリタイアしたドライバーのひとりに数えられることになった。もっとも、ここに至るまでの間、チーム全体は様々なアップ・アンド・ダウンを経験していた。
今年のマンス・オブ・メイは、インディ500ウィナーとして12ヵ月間にわたって取り組んできたプロモーション・ツアーの最後を飾るものだったが、ツアー終盤だからといってペース・ダウンが許されたわけではない。「まさに驚くべき経験でした。なにしろプロモーション活動はまったくのノン・ストップだったのですから、本当に信じられません」と琢磨。「インディアナポリス・モーター・スピードウェイに戻ってこられて、とても嬉しく思います。なにしろ、僕のためのゲートまで用意されていたのです! おそらくゲートの幅は30mほどもあって巨大なバナーが掲げられていました。そこには昨年のビクトリー・サークルで撮影された僕の顔が描かれていましたが、こんなに大きな自分の顔を見たのは初めてのことでした! とても素晴らしい雰囲気で、インディ500のスケール??リスペクトとパワー??を見せつけられたような気がしました。しかも、たくさんのファンが声援を送ってくれて、僕を大歓迎してくれました。ミニカーを手にした子供たちもいて、サインをせがんだり僕の名前を叫んだりしていたのです。本当に信じられないような体験でした」 インディGPが終わってマシーンがスーパースピードウェイを走り始めたのは例年より1日遅い火曜日のこと。それから3日間の走行を経て、伝統的なファスト・フライデイを迎えた。「新しい2018年仕様のエアロキットを装着したニューカーを走らせました。このパッケージでスーパースピードを走るのは、僕たちにとって初めてのことです。今年、主催者はプログラムを1日短縮しました。通常は月曜日から走り始めますが、今回は火曜日からとされたのです。その代わり走行時間帯は従来の12〜17時から11〜18時に延長されました。結果的に走行できる時間の長さは変わらなかったかもしれませんが、チームにとっては重大な影響がありました。通常、走行が終わると、翌日は別のセットアップを試します。したがって今年の日程では試せることが限られてしまいます。もちろん、僕たちは風洞実験用のモデルを独自に用意していますが、シミュレーションは様々な手法のひとつに過ぎません。したがって、これとは別にリアル・データからチーム独自のエアロ・マップを作成することになりますが、その結果は往々にしてシミュレーションとは異なるものです」 「僕たちは昨年、レイホール・チームが使ったセットアップのモディファイ版を試しました。昨年出走したオリオール・セルヴィアとグレアム・レイホールは、このセットアップから素晴らしいスピードを引き出しましたが、今年のマシーンではうまく機能しませんでした。僕たちはスピード不足に苦しみ、トラフィックのなかでも安定したクルマに仕上げるのに苦労しました。マシーンを速くするため、僕は常にオリオールやグレアムとグループになって走行しましたが、とても厳しい状況でした。今年のマシーンは、昨年に比べるとダウンフォースが大幅に削減されていましたが、その傾向はとりわけレース・コンフィギュレーションで顕著でした。おそらく、ダウンフォースは500ポンド(約230kg)かそれ以上、減っていました。予選コンフィギュレーションでのダウンフォースはこれまでとあまり変わりませんでしたが、それでもドラッグはとても大きく感じました。つまり、空力の効率が昨年までほどよくなかったのです」 予選の準備を行うファスト・フライデイでも困難は続いた。琢磨が語る。「誰もがリアウィングのダウンフォースを減らしていたものの、そうすると効率がどんどん下がっていきます。ディフューザーのサイドウォールを取り除くことも認められましたが、こうすると200ポンド(約91kg)のダウンフォースを失うのにドラッグの取り分は4ポンド(約2kg)しかありません。したがって、ストレートではドラッグが多少減るかもしれませんが、コーナーではタイアの摩耗が進行し、スリップアングルが大きくなり、トラクションが低下することになります。クルマを速くするのは恐ろしく難しい状況でした」 予選の滑り出しも目を覆いたくなるようなもので、土曜日の予選でレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの3名は29番手、30番手、31番手という結果に終わる。このうち琢磨はチーム首位の29番手になったが、参加35台中、33台のみが日曜日の予選に出走できる権利を手に入れるなか、まさにギリギリの結果だった。もっとも、琢磨は日曜日の予選でポジションを上げることに主眼を置いて走行していたので、この結果は見せかけとはほど遠いものだったといえる。こうした努力は実を結び、琢磨はグリッドのちょうど中間にあたる16位という成績を得た。 「マシーンをまとめ上げるため、エンジニアたちが懸命に働いてくれました。予選の内容に関しては満足していますが、結果は16番手でしかありません。全般的にはライバルメーカーのほうが優勢ですが、僕たちと同じグループのなかでも僕たちがトップとはいえず、まだまだ改善する必要がありました」 月曜日のプラクティスに向けて、琢磨は次のように語った。「スピードは伸びてきましたし、良好な手応えも掴んでいます。レースに向けて僕たちは根本的にセッティングを見直し、これまでより柔らかいサスペンション・スプリングを装着するとともに、予選中に見つけた新しい考え方を取り入れることにしました。ただし、月曜日はうまくいきませんでした。トラフィックのなかの走行では自信を得られず、ライバルをパスできませんでした。先行するドライバーをただ追うしかできなかったのです」 その後、ドライバーたちはプロモーションのため各地に散った。琢磨は、昨年インディ500で優勝した直後に慌ただしく訪れたニューヨークを再訪することになる。そして迎えたカーブデイで、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの琢磨、レイホール、セルヴィアはそれぞれ異なるセットアップを試した。「金曜日以降は、これまでよりずっと自信が持てるようになり、クルマにも満足していました」 琢磨はそう語った。 土曜日にはサイン会とパレードが行われたが、ここで琢磨は信じられないような声援を受けることになる。このとき訪れた観客の数は10万人を軽く超えていただろう。「ファンの皆さんは、なんとスタンディングオベーションまで披露してくださいました! 本当に嬉しかったし、その声援に心から感謝しました」 決勝日の気温は華氏90度(摂氏32度)を越え、2012年以降で2番目に暑い1日となった。「リアウィングのダウンフォースをもっとも大きくしたセッティングで誰もが挑むと信じていました。そして2番目、3番目、4番目のスティントに向けて徐々にマシーンを速くするため、タイア空気圧はややコンサバティブな設定にすると予想していました」 スタートは悪くなく、琢磨はいくつか順位を上げたが、すぐに18番手へと後退してしまう。「アンダーステアが強くて先行車に追い付いていけませんでした。4、5周走って、タイアが示す最初のおいしい部分が終わると、グリップが落ち込んで苦しむようになり、大きくスロットルを戻さなければいけませんでした。こうして順位を落とし始めたのです。最初のピットストップでフロントウィングを調整するとマシーンの調子はよくなりました。おそらく、あと2スティントか3スティントを走れば、マシーンは本来の状態に近づいていくと思われました」 ピットストップを終えたとき、琢磨は16番手につけていたが、ここで信じられないような事態に巻き込まれてしまう。「ロバート・ウィッケンズと僕はいいペースで走行していて、先頭グループに追い付きつつありました。その後に起きたことは、悪夢以外のなにものでもありません。ジェイムズ・デイヴィソンはラップダウンになっていて、なにかに苦しんでいました。彼に黒旗が提示されなかったのはなぜかと、多くの人たちが疑問に思っています。彼がトラブルを抱えているのは明らかでした。インディカーにもF1同様105%ルールがあり、これを満たせない場合は他のドライバーを危険に陥れると考えられています。彼がこのペースより遅かったことは明らかでした」 「ロバートはターン3でジェイムズをオーバーテイクしましたが、おかげで上側のレーンに押し上げられる格好になります。僕はスロットルを戻したままコーナーに進入したものの、アンダーステアに見舞われてしまい、前方に集団が走行していたこともあってできることはやり尽くしました。僕はジェイムズがピットに入るか、加速を始めるものと思っていましたが、彼のスピードは落ちるいっぽうでした。彼はラインを守ったまま走り続けていましたが、ターンの出口が近づくにつれて、レーシングラインと彼の走行ラインが交錯するようになりました。ひょっとすると、彼のイン側に入ればいいように見えたかもしれませんが、あのスピード域で僕はスロットルをすべて戻していたため、すでにステアリングを完全に左に切っている状態でした。しかも速度差があまりに大きかったため、僕は彼のエアポケットに入る格好となり、フロントのグリップをさらに失うことになりました。このときまでにはブレーキも使い始めていましたが、十分減速する時間はありません。とても残念な状況でした。彼はピットレーンに進入することもできたのに、なぜかコース上に留まった。予想できない展開で非常に悲しく、また大きな落胆を味わいました」 その後、琢磨は長々と待たされたが、おかげで友人のウィル・パワーがインディ500で優勝するという喜びを味わうことができた。「仲のいいウィルが健闘していたので、彼を応援しないわけにはいきませんでした。ウィルは非常に才能豊かで、とても速いドライバーですが、なぜか運に恵まれず、その傾向はインディ500で特に強いように思われました。レースが終わったとき、僕はビクトリー・サークルに駆けつけ、心の底からウィルを祝福しました! インディカーに関わるすべての人たちにお礼を申し上げたいと思います。レーシングドライバーとして、インディ500で優勝できたのはもっとも嬉しい瞬間でしたが、これは、その後に続いた驚くべき12ヵ月間の始まりでしかありませんでした。今年は運がありませんでしたが、インディカーを支えるすべての人々に感謝します。彼らに最大限の敬意を表するとともに、これまでとても楽しむことができました」 次戦は、今週末にデトロイトのベル・アイルで開催されるダブルヘッダーとなる。「とても楽しみにしています」と琢磨。「スーパースピードウェイとは正反対のコースですが、デトロイトにはいくつかのいい思い出があり、過去数シーズン、レイホールはここでとても好調でした。マンス・オブ・メイでは苦しみましたが、デトロイトでは全力を尽くし、再び流れを取り戻してコンペティティブになるつもりです」 written by Marcus Simmons |