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2010年インディカー・シリーズの締め括りとなる4戦がオーバルコースで開催されることを、佐藤琢磨は待ち遠しく思っていた。そして琢磨とチームは、その緒戦となるイリノイ州のシカゴランド・スピードウェイに到着したとき、6月のアイオワ・スピードウェイでトップ3に食い込む健闘を見せた数ヵ月前の勢いを取り戻せるものと期待していた。
ロータスのサポートを受けるNo.5 KVレーシングテクノロジー・ダラーラ・ホンダと琢磨は、土曜日の夜、期待どおりのパフォーマンスを再現してみせる。しかし、残念ながら望まざることまで再現された結果、琢磨はリタイアを余儀なくされ、またもや好結果を残すチャンスを逃した。しかも、今回の事件はかつてないほどフラストレーションの募るものだった。レースがまだ折り返し地点にも辿りついていないとき、ピットレーン上でチームメイトと接触したのだが、事故の責任は琢磨にはなく、しかも琢磨には避けようのない状況だったのである。 シカゴから、シカゴランドのあるジョリエットという街までは、クルマで90分ほど。予選前に行なわれるプラクティスは、たったの1時間しかなかった。「2ヵ月ぶりにオーバルに帰ってこられて、本当に嬉しいですね」と琢磨。「オーバルの感触を忘れてしまっていたことに、走り出すまで気づきませんでした。どれほど強烈なGフォースに押しつぶされ、どれほど凄まじいスピードが出ているかということを改めて感じるのは、とてもスリリングな経験であり、嬉しい驚でした」 「シカゴランドは路面がスムーズな1.5マイル・オーバルで、その曲率からするとバンク角は大きく、とても簡単にハイスピードに到達します。たった数ラップ走っただけでフラットアウトでいけるようになったくらいです。僕たちはいつものようにレースセットアップを煮詰め、セッションの最後に予選のシミュレーションを行ないました。結果は19位でしたが、それ以上に大切だったのはバランスが良好だったことです。いいセッティングだったといえるでしょう」 予選の出走順は遅いほうだったが、これには、早い順番で出走するドライバーの走りをチェックできるというメリットがあった。結果は10位。とても期待の持てる成績だった。 「本来、シカゴランドは最短距離のラインで走るべきオーバルで、したがっていちばんイン側の白線に近い、コースのできるだけ低い部分を走行するのがいいとされています。ところが、僕のスタートポジションはとても後のほうだったので、一部の速いドライバーが白線よりいくぶん上のほうを走っていることに気づきました。通常であれば考えられないライン取りです。けれども、速く走るためには距離と走行抵抗のバランスを考えなければいけません。つまり、最短距離のライン取りだとステアリングを余計に切らなければいけませんが、本来はクルマが自然と進む方向に走らせたほうがスピードは伸びるのです。チームメイトのマリオ・モラエスは最短距離を狙っていきましたが、あまり上手くいかないようでした。僕のセットアップも似たようなものでしたが、少し違う走り方をしたら、うまくいきました。操舵角をできるだけ小さく抑えた結果ですが、予選結果には満足しています。いま話しているのは、ラップタイムでいえば100分の数秒程度のことですが、オーバルではこの差がとても重要になります。本当に微妙な違いが、大きな差を生み出すのがオーバルレーシングなのです」 その後、30分間のフリープラクティスが実施され、チームはシカゴランドを集団で走るためのセッティングに取り組むことができた。このコースは接近戦が繰り広げられることで有名なのだ。「最速である必要はありません。でも、バンクの上のほうでも下のほうでも走れたので、とても心強く思いました」と琢磨。 そして決勝レースが始まった。昨年のチャンピオンであるスコット・ディクソンの直後を走るなど、琢磨はトップ12に食い込むポジションで快走し、すべては順調のように思えた。「スタートは大混戦でした。2ワイドは当たり前で、時として3ワイドになるなど、信じられないような展開でした。最高に楽しかったですよ。スタートはうまくいきました。ポジションをすこし落としたり、改めて抜き返したり、好調でした。最初はどんなにアンチロールバーやウェイトジャッカーを調整してもアンダーステアが強めでしたが、すべて想定の範囲内でした。自分には何が必要かわかっていて、いまは足下を固めている最中だと考えていました」 ところが、信じられないことに琢磨は2週連続でレース中にパンクを経験することになる。「何回目かのイエローが出てリスタートになったとき、クルマに異常を感じました。先ほどまでのアンダーステアがどんどんひどくなり、おかげで右側のタイアを酷使することになった結果、状況はさらに悪化していきます。チームから無線でスローパンクチャーであると告げられましたが、異常が起きていることに彼らが気付いたのはイエロー・コーション中のことだったようです」 「予定より早くピットインしなければならなくなりましたが、これがグリーンフラッグの出ているときだったため、僕はラップダウンとなってしまいます。このサーキットは集団で走らないといけないのに、僕がコースに戻ったときはひとりだけでした。それでもマシーンのバランスと自分のペースは満足のいくものでした。上位陣が全員ピットストップを行なうと、僕はラップダウンから抜け出し、嬉しいことに13番手に返り咲きます。さらに順位を上げていったところ、背後からダン・ウェルドンが迫ってくるのが見えました。ピットストップするタイミングが他のドライバーとずれていたので、僕は燃料をセーブしなければならず、そこで彼を前に行かせて、僕はその直後につけました。彼を風避けとして使おうとしたのです。これで僕は燃料をセーブできたうえ、ふたり揃って上位陣に追いつくことができました」 最高にスリリングな展開となったこのレースのフィニッシュで、ウェルドンはほんのわずかな差で勝利を逃すことになるのだが、琢磨はそこまで駒を進めることができなかった。「それからもう一度イエローが提示されました。今度は全員がピットストップするので、僕にとっては上位争いに返り咲く絶好のチャンスです。僕のペースは上位陣と変わらなかったので、かなり自信を抱いていました」 「ピットストップは文句のつけようがなく、メカニックたちは素晴らしい働きをしてくれましたが、僕がピットボックスを離れるためにステアリングを切り込んでいったところ、後方からハイスピードレーンを走行してくるマシーンがいたので、僕はハイスピードレーンには戻れないと無線で指示されました。それ自体は構いませんでしたが、直後に衝突され、何が起きたのかまったくわからない状態となります」 残念なことに、チームメイトのEJヴィソがピットから飛び出したとき、琢磨のリアタイアに衝突し、ここで2台揃ってリタイアに追い込まれることとなった。「とても落胆しました」と琢磨。「すべて順調に思えていたのですが……。トラブルを乗り越えて上位陣に追いつき、アイオワのときと同じように、トップ争いができると僕は自信満々でした」 それでも、チームは素早く南に針路を変え、来週ケンタッキー・スピードウェイで開催されるレースに備えることとなる。ここも1.5マイル・オーバルなので、きっと琢磨は活躍してくれるだろう。「ケンタッキーはもう少しバンピーなようですが、レースは楽しみだし、気持ちは完全に切り替えています。ここでいいレースをすることは、僕にとってものすごく重要になります。なぜなら、僕のホームレースであるもてぎの直前にあたるのが、ケンタッキーでの一戦となるからです」 written by Marcus Simmons |