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手応えと失望。ミルウォーキーで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦で佐藤琢磨とAJフォイト・レーシングが経験したことは、このふたつの言葉に集約できる。No.14 ダラーラ・ホンダはリードラップで14位フィニッシュを果たしたが、この結果はミルウォーキーの週末に彼らが示した恐ろしいまでのパフォーマンスをまったくといっていいほど反映していない。
ミルウォーキー・マイルのレーススケジュールは驚くほどコンパクトなものだった。土曜日には最初のプラクティスのみを実施。2回目のプラクティスは日曜日に行い、そのまま予選、決勝になだれ込むという日程である。「すべてがぎゅっと凝縮されていたので、とても難しい週末でした」と琢磨。「いくつかのことは試せても、その解析に必要な十分な時間がなかったので、エンジニアの視点からいえばとても難しかったと思います。このため、基本的なセットアップをまとめるうえで、土曜日のプラクティスは非常に重要だと考えられました」 このセッションで琢磨は終盤までトップに立っていたものの、最終的には3番手となった。「マシーンの調子は最高でした。最終的に煮詰めるにはもう少し試すべきことが残っていましたが、数周するとこの点も解決し、ニュータイアでも僕たちは非常にコンペティティブでした。チャンピオンシップでトップ10に入っているドライバーたちは追加のタイアを投入しなかったので、タイムそのものについてはあまり心配しませんでしたが、僕たちはとてもいいポジションにいたし、ホンダのエアロはショートオーバルで素晴らしい性能を発揮していたのです」 土曜日の午前中に行われたプラクティスで琢磨は5番手となった。「このプラクティスはとても忙しく、残り45分間で予選シミュレーションとレースセットアップの両方を行わなければいけませんでした。そこで、ニュータイアを装着した1周目に予選トリムの確認を行いましたが、このときはバランス、スピードともにとても満足がいくものでした。ただし、レースに向けてはダウンフォース・レベルを変更しなければいけません。異なるスプリングを用いたサスペンション・セッティングを試さなければいけないほか、新しいエアロパッケージは車高の調整に対して非常に敏感に反応します。ところが、僕たちはダウンフォースを大きめにしたレースセットアップには満足できませんでした。通常、ほかのドライバーの直後につくとアンダーステアになるものですが、このときはオーバーステアに転じていたのです。これは、フロントウィングの空力効率が非常に高いということを証明しているいっぽうで、リアのダウンフォースは乱気流の影響を受けて大幅に減少するために起きるものと推測されました。このままでは誰かを追うのが極めて難しいため、別のパッケージングを考えなければいけませんでしたが、残念ながらセッションは時間切れとなってしまったのです」 それでも、少なくとも予選では好成績が望めそうだったが、No.14をつけたマシーンは13番グリッドから決勝に臨むという不本意な結果に終わったのである。「ミルウォーキーではオーバーテイクが難しいので、予選結果がとても重要です。けれども、得られた結果は僕たちが期待したようなものではありませんでした。気温はプラクティスの時点からあまり変わらなかったのですが、午後1時の路面温度は午前10時よりも大幅に上昇していました。このため、僕たちはコースのグリップレベルを読み違えてしまったのです。おかげでグリップ不足によりマシーンはスライドを始め、物理的にはまるでコーナーをクリアできないような状態でした。そこで、僕はダウンシフトを始めとする、すべてのテクニックを使いました。この状態にはペンスキーでさえ手こずっており、ウィル・パワーは僕の後ろというポジションに終わりました。つまり、正しいバランスを得るのが本当に難しかったのです」 スタートの段階で、マシーンは大きくバランスを崩しており、ひどいオーバーステアを示していた。「スタートではひどい目に遭い、いくつも順位を落としたほか、勢いも失なってしまいます。数周して状況が落ち着いてからは、後ろのドライバーを押さえ込むためにありとあらゆる手段を駆使しました。フロントのアンチロールバーはいちばん硬めにし、ウェイトジャッカーはいちばん右側に設定したほどです。5周の間にすべてのツールを使い切ってしまいました。最初のピットストップまでの残る45周は、とにかく粘り続けることだけでした。それにしても、本当に長いスティントでした!」 そのピットストップで琢磨はタイムをロスしてラップダウンとなったものの、フロントのフラップとタイアの空気圧を調整した結果、ハンドリングは見違えるように改善されたのである。これが通常のレース展開であれば、コーションの前後で適切な戦略を駆使すればリードラップに返り咲くことができるところだが、このときはトップを走るセバスチャン・ブールデがほかのドライバーとは異なるタイミングでピットストップを行っており、ステイアウトを選択したのである。「彼らの戦略に腹を立てることはできませんが、これには本当に参りました。1ラップ遅れとなったことで、僕たちのレース展開は決まったも同然となりました。リスタート後のブールデのペースは速く、やはりペースが速かった僕と彼のふたりが後続を引き離す格好となりました」 残すところ40周少々となったところで琢磨はトップ10まで挽回し、残り36周でブールデがピットストップを行うとリードラップに返り咲いた。さらに、フィニッシュまで残り17周のときにフルコーションとなったところで全ドライバーがニュータイアを求めてピットストップを行い、レースは非常に興味深い状況となった。どのドライバーも似たようなコンディションのタイアを装着することで接戦が期待されたのである。 ところが、琢磨はリアタイアの装着に手間取ってピットアウトが遅れた結果、15番手からレース終盤の戦いに臨む形となる。そしてフィニッシュ間際にカルロス・ムニョスをオーバーテイクしたところで琢磨のレースは幕切れとなった。 「誰もが同じような状態のタイアを履いていたのでオーバーテイクはとても難しく、結果的に1台しか抜けませんでした。オーバーテイクを実現するには、他のドライバーとは異なるコンディションのタイアを履いていなければいけないのです。僕はいつもミルウォーキーのレースを楽しんできたし、1マイル・オーバルは大好きですが、この日ばかりは歯車がかみ合いませんでした」 ミルウォーキーの滞在時間は極めて短いものだったが、このレースが終わるとわずか数日のインターバルでもうひとつのショートオーバルコースであるアイオワ・スピードウェイを訪れることになる。これまで、琢磨がアイオワで数々の好レースを演じてきたことは、皆さんもご存知のとおりである。 「アイオワには切り立ったバンクがあるし、ナイトレースとして開催されるので、ミルウォーキーとは大きく異なった展開となるでしょう。アイオワでもミルウォーキーと同じパッケージングを用いる予定ですが、密集したレースを防止するため、ダウンフォース・レベルは恐らく制限される見通しです。できれば、ライバルたちと十分に戦えるコンペティティブなマシーンに仕上げたいところです。もっとも、ミルウォーキーではホンダとシボレーのパッケージがほとんど似たようなパフォーマンスを示したので、この点は大いに期待できると考えています」 written by Marcus Simmon |