RACEQUALIFYINGPRACTICE
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Rd.3 [Sun,27 April]
Alabama

結果に結びつかなかったオーバーテイク
 ヨーロッパのモータースポーツ界で長年過ごしたこと、とりわけその成長期をイギリスで過ごしたことを考えれば、先日バーバー・モータースポーツ・パークで開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦は佐藤琢磨が得意とする条件が整っていたといえる。美しい田園地帯にあって速いコーナーが少なくなく、起伏が激しいサーキットで、しかも天候が悪いとなれば、イギリスでレース経験を積んだ琢磨にとっては理想的な状況といってもいいだろう。ところが、レースは思ったほど早くスタートが切られず、十分にコースが濡れていたとはいえず、そして琢磨が臨むような結果を残せるほどレース時間は長くなかったのである。

 アラバマの郊外に激しい雷雨が居座ったため、決勝レースは予定より2時間以上も遅れてスタートが切られることとなった。グリーンフラッグが振られたときには、遠からずスリック・タイアが使えるコンディションとなることが予想された。もしもあと30分でも早くスタートが切られていればと思うと、それは残念でならない展開だった。

 このため、レース時間はテレビ中継の都合を考えて予定よりも短縮されることとなり、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダを駆る琢磨は13位でフィニッシュした。14番グリッドからスタートしたことを考えれば、それほど悲観するような結果とはいえないが、それでも、もっといい成績を収めたはずという思いを抱かずにはいられないレースだった。

 「難しい週末でした」と琢磨。「思ったように物事が進まなかったのですが、これはレースでは時々起きることです。ただし、今回、僕たちはとりわけ大きな希望を抱いていました。昨年のバーバーでは、ピットストップに問題があったのでいい成績は残せませんでしたが、それでも僕たちは速く、力強い手応えを掴むことができました。今年のシーズン前に行ったテストでも、いい感触を得ていました。もっとも、あとコンマ数秒ほどタイムを詰める必要がありましたが、このコースでコンマ数秒速く走るのは本当に難しいことなのです」

 「最初のプラクティスは軽い肩慣らし程度のことしかできませんでした。とにかく赤旗が何度も提示されたために10ラップほどしか走れず、フライングラップはたしか3周だったはずです。おかげで、しっかりとした感触を掴むまでには至りませんでしたが、それでもマシーンのバランスはよくなく、グリップが不足していることははっきりしていました。その理由の一部は、テストのときより華氏で30度ほど、摂氏では17度ほど暑くなっていたことにあり、おかげでタイアは常にオーバーヒートしているような状態でした。シーズン前のテストに比べるとラップタイムは2秒ほど遅かったので、どれくらいグリップが不足していたかわかるでしょう」

 「このようなコンディションにうまく適合しなければいけませんでしたが、2回目のフリープラクティスを走って、大規模な作業が必要であることが明らかになりました。いくつかのことを試しましたが、それではまったく不十分だったのです」

 プラクティスから予選までの間に期待されたのは、2013年と同じような展開を再現することだった。「昨年もプラクティスはダメでしたが、予選で柔らかめのレッド・タイアを装着したマシーンは素晴らしい走りを見せてくれました。ところが今回は、まったくそうはなりませんでした。去年、予選は午前中の気温が低いときに行われましたが、今年は1日でもっとも気温が高くなる午後2時に予選が行われたのです。おかげで、第2セグメントに進めるほどのスピードを手に入れることができませんでした。これは本当に残念でした」

 琢磨は自分の予選グループにおいて、第2セグメント進出にあとひとつだけ順位が足らない7番手となり、このため14番グリッドからスタートすることが決まった。ところが、日曜日にサーキットを襲った悪天候が、皮肉にも一筋の光明をもたらすことになる。「僕たちは前日から大幅なセッティング変更を行いました。これでマシーンの状態は改善され、ウォームアップでは9番手のタイムを出すことができました。しかも、雨のなかでレースができそうだったので、期待は一層高まりました。ところが、レースのスタートを切るには、雨はいささか激しすぎるものでした。最大の問題は雷で、主催者は観客の安全を考えなければいけませんでした。けれども、スタートがもう少しだけ早く切られれば、コースはもっと濡れていたでしょうし、そうすればレースの流れももう少し変わっていたと思います」

 コースがウェットの状態でスタートが切られたため、誰もがファイアストンのレインタイアを装着していたが、このとき雨はすでに止んでいた。「オープニングラップはまだコースが濡れていたので、いろいろなラインを選ぶことができました。バックストレートに進入するとき、水煙がひどくてほとんど視界が利かない状態になりました。このとき、前方にいた数台の動きがきっかけとなって、集団の後方では大きく減速しなければいけない状況となります。突然水しぶきの中から現れた急減速するマシーンを避けるため、僕は思わずスピンを喫してしまいました」

 琢磨のマシーンはエンジンがストールしてしまっていた。ところが幸運なことに、それが原因でコーションとなり、しかもセーフティ・クルーが琢磨をコースに押し戻してくれたので、周回遅れにならずに済んだのである。琢磨は23番手に後退したが、それでも懸命に戦い続けた。「セイフティー・チームのおかげです!」と琢磨。「その後は少ししか順位を上げられませんでした。僕はマイク・コンウェイとバトルをしていましたが、遅かれ早かれレインタイアはオーバーヒートを起こすはずです。やがてコースのライン上が乾いてくると誰もオーバーテイクできなくなり、レースは高速パレードのようになりました。ドライタイアに交換するには早すぎたので、誰もがそのままの状態で待っていたのです。オリオール・セルヴィアがスリックに交換するためにピットストップを行いました。これは早すぎる決断に思えましたが、それでも、彼がどんな状況に追い込まれるかはとても興味深いところでした」

 ほどなくしてミハイル・アレシンがスピンしてフルコースコーションになると、ほぼすべてのドライバーがピットストップの決断を下すことになる(このときセバスチャン・サーベドラはコースに留まることを選び、暫定のトップに浮上した)。しかし、リスタートが行われた最初の周に琢磨は残念ながらライアン・ブリスコーと接触してしまう。「僕はリスタートをうまく決めてライアンとサイド・バイ・サイドになっていました。ヘアピンのターン5に進入するとき、おそらくライアンのアウト側に誰かがいたのだと思います。このため、彼はどんどん僕に近づいてきて、ドアを閉じる形になりました。僕は縁石に乗って彼との接触を避けようとしたのですが、最終的には絡んでしまいます。これでまた順位を落としました。本当に、上がったり下がったり、上がったり下がったりのレースでした」

 間もなく、琢磨は2回目のピットストップをやや早めに行ったことから他のドライバーとは給油のタイミングがずれ、このため、最後のピットストップが始まるときには13番手まで浮上していた。つまり、レース戦略が効を奏したのである。同じ13番手のままピットストップを終えた琢磨は、アレシンのクラッシュによってこの日、最後のコーションとなるまで同じ順位をキープし、レースはコーションのまま幕切れとなった。

 「たくさんのドライバーをオーバーテイクできたのはよかったと思います。ドライコンディションでのマシーンの状態は悪くなく、僕たちはそこそこにコンペティティブでした。いちばん速いライバルにはやや離されていて、決して最高の1日とはいえませんでしたが、それでも力強くレースを戦うことができたと思います。フィニッシュを迎えたとき、まだプッシュ・トゥ・パスがだいぶ残っていたので、レースが早めに終わったのは残念でした。おそらくあと何周かあれば順位を上げられたでしょうが、実際にはそうはなりませんでした。とはいえ、週末を通じて僕たちはできることをすべてやりました。チームはしっかりしたパフォーマンスを発揮できたと思います」

 これでシーズン序盤戦は終わり、続いてはインディアナポリスで過ごす“マンス・オブ・メイ”を迎えることになるが、その始まりは2週間後に開催されるロードコースでのレースとなる。そう、2004年のF1アメリカGPで琢磨が表彰台を得たインディアナポリスのロードコースでレースが行われるのだ。「僕にとってはとても特別な場所です。なぜなら、そこがインディ500の舞台であるというだけでなく、ちょうど10年前に起こったことが蘇ってくるからです。だから、ロードコースで再びレースができることを、最高に嬉しく思っています。もっとも、かつてのF1コースと同じなのはターン1(ここもさらにタイトなコーナーに変更されます)からターン4までだけなので、実質的にはまったく別のサーキットです! それでも、気持ちのうえでは素晴らしいことだし、とても楽しみにしています。このコースでは1日テストを行なうことになっているので、ここでいいデータが手に入れば、レースでもいい展開が期待できると思います」

written by Marcus Simmon
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