COLUMN |
ヒューストンの市街地コースで行われたインディカーレースは実にエキサイティングだったが、それでも佐藤琢磨の“不運の連鎖”を断ち切ることはできなかった。ただし、少なくとも琢磨とAJフォイト・レーシングを上り調子へと転換させることはできたようだ。
ダブルヘッダーで開催されるこのレースでは、第2ラウンドの最終ラップで琢磨が関係する大クラッシュが発生したものの、幸いにも琢磨は無傷だった。いっぽう、同じレースの第1ラウンドでは琢磨がポールポジションを獲得。なお、フォイトのチームが予選を制したのは1999年7月にアトランタ・モーター・スピードウェイでビリー・ボートが達成して以来のことである。いっぽう、琢磨がインディカー・シリーズでポールを獲得したのは、2011年のエドモントンを筆頭に、これが通算3回目となった。 かつてチャンプカー・ワールドシリーズの舞台だったヒューストンでインディカー・シリーズが開催されたのは今回が初めてのこと。フォイト・レーシングでNo.14のマシーンに関わっている誰もが、このイベントを楽しみにしていた。「チームにとってはホームレースなので、とても楽しいイベントでした」と琢磨。「チャンプカーが開催された6年前のレースのビデオを見ましたが、非常に興味深いと思いました。クレージーなコースで、とてもバンピーなのに、速くて面白そうでした!」 ただし、1ヶ所だけあまりにバンピーなところがあった。「今回はダブルヘッダーのイベントだったので、プラクティスは非常に短いものでした。いっぽう、他のカテゴリーでターン1のバンプが大きな問題となったので、速度を下げるための臨時シケインが設置されることになりました」 「予選は土曜日に延期され、その間にバンプの整備を行ったので、シケインなしのコースに慣れるために10分間のウォームアップが設けられました」 「金曜日のプラクティスは、ライドハイトやスプリングなど、ごく基本的な作業に取り組みましたが、大きな手応えを掴みました。そして土曜日の午前中にはとても古いタイアを装着して臨みましたが、マシーンは好調で、自信を抱くことができました」 「メインストレートでは引き続き大きなバンプを避けなければならず、キンク部分のイン側を走ることになりました。それでも予選は最高に楽しかったですよ。僕たちは最初に硬めのブラックタイアでコースインし、ここでいいラップタイムを記録した後、レッドタイアに履き替えてポールポジションを獲得しました。この結果にはとても満足していますし、チームは素晴らしい仕事をしてくれたと思います。たくさんのチーム関係者と、腰の手術を終えて初めてサーキットに姿を見せたAJの前でこのような成績を収められたので、最高の気分でした」 「いつもだったら、ポールを獲った後は一晩いい気分でいられますが、今回は記者会見を終えると、そのままレースの準備を始めなければいけませんでした」 土曜日の午後には決勝のスタートが切られるのだから、忙しい思いをしたのは琢磨ひとりではなく、誰にとっても同じことだった。ただし、スタートラインでクラッシュが発生したために直ちに黄旗が提示され、この影響で琢磨は右リアタイアにパンクを負うことになる。 「それほどいいスタートではありませんでしたが、トップを守ることはできました。ところが、先頭でこの事故現場に戻ってきたため、パーツの破片を拾ってしまったようです。エンジニアがラップごとに空気圧が下がっていることを伝えてくれたので、ピットストップをしないわけにはいきませんでした。これはとても辛いことでした」 これで琢磨は12番手に後退。そしてリスタート以降は、トニー・カナーン、セバスチャン・ブールデ、マイク・コンウェイらと立て続けにバトルを演じることになる。「予選のときに比べると気温は大きく上がり、僕らはマシーンのスピードを失っていました。グリップは徐々に落ち始めていましたが、サイド・バイ・サイドのバトルがたくさんあったので、引き続きとてもエキサイティングでした。いっぽう、多くのドライバーが縁石に乗り上げて激しく跳ね飛び、コース上のホコリやマーブルに乗ってしまうような難しい状況でしたが、とにかく我慢のレースとなっていました」 残念ながら、無線のトラブルによりチームと連絡をとれなかった琢磨には黒旗が提示され、ここでピットに戻ったマシーンをチームは修復することができた。この作業はあっという間に終わったが、琢磨はチームにハンドリングの症状を伝えるチャンスを逃してしまう。 それでもレース戦略が的確だったこともあって、残り20周でリスタートを行ったときには8番手まで挽回していたが、フィニッシュまであと2周となったところで不運が襲いかかり、琢磨はウォールと接触することになる。「ジョセフ・ニューガーデンがターン1でイン側に飛び込んで僕をパスしていきましたが、このとき、彼はまったくスペースを残さなかったので、僕はシケインをショートカットすることになりました。これでタイアにはホコリがたくさんつきましたが、その後のターン3では3台が非常に接近して進入する形となります。僕のイン側にはジェイムズ・ジェイクスが飛び込んできました。僕はなんとかコーナーを曲がろうとしましたが、路面はとても滑りやすい状態になっていたため、一度ラインを外すともうどうすることもできず、僕はウォールに接触してしましました」 「このときトーリンクにダメージを負いましたが、他のドライバーがリタイアすればポジションを上げることができるので、残り数周を走るためにレースに復帰しました」 琢磨にとってはさらに悔しいことに、レース2の予選はキャンセルとなり、スターティンググリッドにはポイントランキング順に整列することとなった。ただし、エンジンをストールさせたダリオ・フランキッティと、チームのコミュニケーションが図れずに間違ったグリッドに並んだ琢磨のふたりは、最後尾からのスタートを余儀なくされた。 「予選開始の10分前に雲行きが怪しくなってきたので、僕はヘルメットのなかで笑顔を浮かべていました。なにしろ、雨は大好きですからね! 僕は最終的にセッションがキャンセルされるまで、誰よりも長くコクピットのなかで待ち続けました」 スタートとリスタートを完璧に決めた琢磨はぐんぐん順位を上げていき、レースが折り返し地点を迎えるころにはトップ10に迫っていた。「土曜日の走行から学んだことがあったので、マシーンはよくなっていました。僕がいちばん速かったわけではありませんが、チームが指示したピットストップやレース戦略がよかったので、トップグループと肩を並べることができました」 最後のピットストップを終えたとき、7番手となった琢磨はサイモン・パジェノーを追っていた。「6番手争いのバトルはエキサイティングでした。リスタートしたときのスピードは彼のほうが上でしたが、その後、彼に追いついていき、さらにプッシュ・トゥ・パスを使ってギャップを縮めていきました。サイモンとは僅差でフィニッシュできそうでした。抜けるかどうかはわからないけれど、とにかく全力を尽くそうと思ったのです。ファイナルラップの1周前、バトルをしていた僕はターン8の縁石に乗り上げてしまいます。これでマシーンは跳ね上がってラインがアウトにはらみ、マーブルに乗り上げて出口側のウォールにかすってしまいました」 「レースはとても接戦だったので、勢いを失った僕はその直後にいくつかポジションを落としていました。また、リアのトーリンクにダメージを負ったようにも思いました。ここから最終ラップのターン4まではすべて左コーナーです。マシーンがドリフトするため、さらにマーブルを拾ってしまいました。このときはレースを走りきることだけを考えていました。けれども、右コーナーのターン5に進入したとき、左リアタイアに大きな荷重がかかり、これでトーリンクに問題が起こってしまったようです。ここはとてもトリッキーなコーナーで、僕は内側のラインをキープしようとしましたが、残念ながらひどいスナップオーバーが急に起こり、クルマ1台分くらい大きく横滑りしてしまいます。このとき、ちょうどダリオが僕をオーバーテイクしようとしていたので、ハイスピードで接触した2台によって大きな事故が起きました」 琢磨のマシーンはコースを横断したところで停止したが、その側面に前方が見えていなかったEJヴィソのマシーンが激突する。「ものすごい衝撃でした。マシーンの右側は大破し、ベルハウジングまで大きな穴が貫通していました。それは、2002年のオーストリアGPを思い起こさせるようなアクシデントでしたが、ニック・ハイドフェルドがマシーンの弱い部分に突っ込んできたのに対し、EJが接触したのが頑丈な部分だったことは幸いでした」 「衝撃はとてつもなく激しかったのに、シェルにはまったくダメージがありませんでした。僕は軽い打撲傷を負いましたが、大したことはなく、最新のシャシー設計の素晴らしさに大いに感謝しています」 「いちばん心配なのは、ダリオ、ケガをされた13名の観客、そしてインディカーのオフィシャルたちで、一刻も早いご回復をお祈りしております。日曜日の夜11時ころ、足首の手術に成功したダリオのもとを訪れました。彼は本当に強い男で、ジョークを言ったり笑顔を見せてくれたりしました。麻酔の影響で軽い目まいを起こしているようでしたが、笑い合って話せたことで、僕はようやく胸を撫で下ろすことができました。彼が1日も早くコクピットに戻ってくることを願っています」 幸いなことに、2週間後にカリフォルニアのフォンタナ・スピードウェイで開催される2013年最終戦に琢磨は出場する予定だ。「ヒューストンのレースの直前に、僕たちはフォンタナでテストし、いい結果を得ているので、そこでもパッケージが好調であることを期待しています」 written by Marcus Simmons |