COLUMN |
IZODインディカー・シリーズが閉幕してまだ数日しか経っていないというのに、琢磨は新たなレースシリーズに挑戦するため、日本に向かう飛行機に搭乗していた。そう、今回はフォーミュラ・ニッポンに参戦するのである。
しかし、これは琢磨にとって容易な戦いとはいえなかった。ドライコンディションでフォーミュラ・ニッポンを走らせたのはたったの数周だけ。しかも、レースが開催される菅生を、琢磨はこれまで1度も見たことがなかった。したがって、今回、非常に困難なコンディションのレースでリードラップに留まり、9位でフィニッシュしたことは、琢磨の評価を改めて高めることに役立ったといえる。 琢磨の挑戦は、チーム無限のスイフト無限(インディカー同様、フォーミュラ・ニッポンもシャシーはワンメイクで、カリフォルニアのスイフト製となるが、エンジンについてはホンダとトヨタの2社が戦いを繰り広げている)のコクピットに乗り込む前から始まっていた。 「今回はエンジョイホンダの東北初開催により、チャリティ活動やサイン会などもいくつか予定されていました」と琢磨。「そして僕が取り組んでいるWith you Japanとしては、このサーキットに近い東日本大震災の被災地から子供たちを招待していました。このプログラムに協力してくださったすべてのボランティアの皆さん、そしてファンの皆さんに心からお礼を申し上げます。子どもたちの喜んでいる姿が見られて本当に素晴らしかったと思います」 こちらもインディカー・シリーズ同様、フォーミュラ・ニッポンに参戦するドライバーには各国・各地域を代表する実力派が揃っている。「とてもコンペティティブなシリーズです。数人のドライバーはこのシリーズで長い経験を持っていてワールドワイドに素晴らしい結果を残しているし、いま急成長中の若手もいます。例えば2001年のイギリスF3シリーズで競い合っていたアンドレ・ロッテラーはルマン24時間で2回も優勝しているし、フォーミュラーニッポンのチャンピオンとして、いまや押しも押されもせぬビッグスターですね!」 「僕にできることは、サーキットに行くまでに、菅生に関する情報をできるかぎり集めることでした。そこで、過去数年、ここで開催されたフォーミュラ・ニッポンのレース映像をまずは見ました。菅生はアップダウンの大きなとてもチャレンジングなサーキットです。しかも、超高速コーナーの途中に大きなバンプがあって、そこでボトミングするとマシーンは簡単にコントロールを失ってしまう。このバンプがある最終コーナーはとても印象的です。エイペックスでの速度は220?/hで、およそ4Gがドライバーにのしかかります。スイフト製のマシーンはウィングカーなのでダウンフォースがとても大きく、このためコーナーリングスピードも非常に高くなっているのです」 琢磨は、金曜日に用意された30分間のプラクティス・セッションでチーム無限のマシーンに慣れるつもりでいたが、滑りやすい路面コンディションのため、残念ながらこの作業は思うような成果を挙げられなかった。それでも、琢磨はここで4番手のタイムをたたき出す。「最初はレインタイアで走り始めました。これで何度か走行を重ねるも、路面はあっという間に乾きだしたのでドライタイアに履き替えましたが、時間切れとなりわずかに2ラップしか走れませんでした。したがって多くの成果を挙げられたとはいえませんが、マシーンとコースに慣れるという意味ではいいスタートが切れました」 「土曜日は予選前に1時間のプラクティス・セッションが行われただけなので、走行時間は驚くほど短いものでした。チーム無限が2カーを走らせるのは今回が初めてですが、若手ドライバーとしてとても有望なチームメイトの山本尚貴選手でさえ、思うようにならないハンドリングに少々苦しんでいる様子でした」 「したがってチームにとってはとても忙しい状況となりましたが、それでも上手く乗り切ることができました。山本選手は自分自身のセットアップに集中するいっぽう、僕は白紙の状態からまったく異なる方向性のセットアップを試し、これを評価しました。このテストセッションはうまくいき、僕たちはセットアップの面で多くの進歩を果たしました。ただし、それらは残念ながらタイムシート上の順位となっては表れませんでした」 予選では、トップ13のみが出走できるQ2への進出を惜しいところで果たせなかった。その差はわずか100分の数秒。しかも、皮肉にもチームメイトの山本選手に退けられる形でQ1敗退を喫したのである。これにより琢磨は14番グリッドからスタートすることが決まった。「マシーンのセットアップが僕の希望どおりに仕上がっていなかったのは少し残念でした。結果は悔しいものでしたが、それはこのシリーズがいかにコンペティティブかを物語るものだといえます」 レースデイは1日中雨が降り続いた。「まずは30分間のプラクティス・セッションが行われましたが、『素晴らしいチャンスだ』と思いました。フォーミュラ・ニッポンで走った経験が少ない僕にとって、これは恵みの雨になると思ったからです。しかも、天気予報はコンディションが益々悪化すると伝えていたので、とても嬉しくなりました!」 「ところが、プラクティスにおけるマシーンの感触はショッキングなものでした。山本選手はタイムシートの最後尾で、僕もトップから2秒半も遅れていました。ひどくナーバスなうえにスタビリティがまるでなく、とてもドライブしにくいマシーンだったので、セットアップを大幅に見直しこととしました。決勝で、これが効果を発揮してくれることを期待していました」 「その後も雨脚は強まるいっぽうで、レースを迎えるころ、コースはヘビーウェットとなっていました。インディカー・シリーズではローリングスタートが採用されているので、今回は久しぶりとなるスタンディングスタートを楽しみにしていましたが、残念ながら決勝はセーフティカーに率いられてスタートを切ることになりました。まるでスーパーアグリから出場した2007年日本GPのときのようなコンディションで、ストレートエンドはほとんど何も見えない状態でした。状況があまりにひどかったので、レースのスタートが切れるかどうかも怪しいとさえ思っていました」 しかし、スタートは切られ、琢磨の前を走るドライバーたちはレース中に次々と脱落していった。そしてレース終盤に松田次生選手がコース脇にマシーンを停めたとき、琢磨はブラジル人ドライバーのジョアオ・パオロ・デ・オリヴェイラに続く7番手につけていた。「マシーンの間隔がばらけてからは視界も少し効くようになり、ペースを保ちながらポジションを上げていきました」と琢磨。「ハードかつ長いレースで、集中力を維持することがとても重要でした。路面は恐ろしいほど滑りやすく、レースが行われていた2時間は、まるでスケートをしているみたいに至るところで滑りました」 「“JP”の直後となったとき、リスタートで彼を追い抜きを仕掛けるよう狙いを定めていました。けれども、最終コーナーに向かう時、僕たちの前で1台がスピンしていました。これにより隊列が乱れ始めた上に、ストレート上のブリッジにはダブルイエローを意味するコーションランプが点滅していました。そこで、リスタートはまだ行われないと思い、スロットルをオフにしたのですが、そこから200m進んだところでグリーン・ランプが点灯しました。おかげでダッシュが遅れ、1コーナーまでに順位を落としてしまったのです」 琢磨にとってさらに不運だったのは、2番手争いをしていたロッテラーが中嶋一貴選手と接触してスピンし、これを避けるためにコースを外れて走らなければならなかったことである。「アンドレはコースの中央にいて、左に向かってマシーンが動いていたので、僕は右に進路をとりましたが、今度はアンドレも右に向かって下がり始めたのです。これを避けるため、またもや順位を落とすことになりました」 この結果、琢磨は9位でフィニッシュ。フォーミュラ・ニッポンのデビュー戦で、非常に難しい状況だったことを考えれば、決して悪い成績とはいえないだろう(文字どおり、本当にひどいコンディションだったのだ!)。とはいえ、すでに琢磨の気持ちは11月4日に鈴鹿で開催される次のレースに向かっている。ここが琢磨にとって走り慣れたコースであることは言うまでもない。 「乗りやすいとは決していえないマシーンで僕たちはハードに戦いました。したがって今週末は、残された成績には満足できないものの、それほど悪くはなかったと考えています。正直、もう少し上の順位でフィニッシュしたいと思っていましたが、自分たちの期待どおりに物事が進まなかったのです」 「けれども、僕はフォーミュラ・ニッポンのデビュー戦を楽しんだし、ファンの皆さんからは素晴らしい声援を送ってもらいました。レースデイは寒く、雨脚も強かったのですが、皆さんも楽しんでいただいたと思います。チームとしてはたくさんのことを学び、多くの経験を積みました。鈴鹿のレースについてはチームも自信があり、とてもコンペティティブなはずなので、この流れをうまく次のレースにつなげていきたいと思います」 written by Marcus Simmons |