COLUMN |
結果的にインディ500には勝てなかったが、ダリオ・フランキッティとの間に起きた最終周のアクシデントで佐藤琢磨が貫いた姿勢は、今後、熱狂的なファンを生み出すことになるだろう。その粘り強く、恐れを知らないドライビングにより、琢磨は19番グリッドからスタートしながら、あと少しでIZODインディカー・シリーズで優勝するという劇的なストーリーを紡ぎ出したのである。
公式な記録には琢磨が17位でフィニッシュしたと記されるだろうが、実際にレースを見たら、そう記憶する者はいないはず。そのかわり、彼らは琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの素晴らしいパフォーマンスをいつまでも覚えていることだろう。 琢磨にとっても、そしてフランキッティにとってさえ、レースがこんな結末に終わるとは思ってもいなかったに違いない。予選で、新しいダラーラDW12シャシーからより優れたパフォーマンスを引き出していたのはシボレーであり、ホンダ勢は劣勢に立たされていた。彼らが、レースまでに多くの作業をこなさなければいけないのは明らかだった。 「ただし、天候の点では恵まれていました」と琢磨。「過去2年間は、雨が降り始めて走行が中断になる日が必ずありました。ニューカーが投入された今年は、4月に半日だけ行なわれたテストでセッティングの基本的な方向性を見つけ出し、イベントが始まった週の前半ではより細かい作業、つまり車高やエアロマップなどに取り組み、自分たちのパフォーマンスにはおおむね満足していました。僕たちはまずまずコンペティティブだったので、早々とダウンフォースを削り始め、予選に向けた準備を進めていきました。ファストフライデイ直前のプラクティスでは、予選のための作業に取り組んでいましたが、アンドレッティやペンスキーは協力してレースに向けたシミュレーション走行を行なっていました」 「そしてファストフライデイがやってきたのですが、ここではまったく予想もしていなかったことが起きました。シボレー勢は総攻撃を開始すると、ものすごい勢いでスピードを上げ始めたのです。これには本当に驚きました。僕たちはメカニカル・セットアップに全力で取り組むと同時に、ドラッグを削減する努力をしました。通常、予選ではグリップの限界までトリミング(ダウンフォースを削ること)しますが、今回はマキシマムトリミング、つまりこれ以上ドラッグを減らすことが物理的にできない状態まで来ていました。あれが予選でできる最大限の結果だったのです」 ホンダ勢に囲まれた7列目のインサイドというスターティンググリッドは悪くなかったが、総合順位でいえば決して満足のできる結果ではない。そこで、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、1時間のセッションが1回だけ行なわれるレース直前のカーブデイに向けてセッティングを再検討することになった。「コンペティターと同じ程度のストレートスピードを手に入れるにはリアウィングを2〜3度ほど寝かせなければいけませんでした。それとともに、レースセットに関係する数多くのパラメーターを見直すことにしました。それはとてもチャレンジングな作業でしたが、エンジニアのジェリー・ヒューズはとても良い仕事をしてくれました。トラフィック内でのクルマのハンドリングはかなり進歩しましたが、見直すべき部分もあり、完全に自信が持てるまでにはなりませんでした」 そこで琢磨は慎重にレースのスタートを切った。最初の8ラップは19位もしくは20位で走行し、そこから徐々に順位を上げていったのだ。14周目に最初のイエローが出たときには16位まで浮上。これでピットストップが始まると14位となった。ここから琢磨の快走が始まる。レース距離の1/4が終わったばかりの50ラップ、グリーン中にドライバーたちがピットストップを行なうと5位へとジャンプアップしたのである。 「序盤は、あらゆるリスクを避けて慎重にレースを進めていました。けれども、その後はゆっくりと、でも確実に順位を上げていきました。ダラーラDW12はスリップストリームが強烈に効きます。だから、自分の目の前を18台が走っていると、本当にものすごいことになります。僕はかなり多くのダウンフォースをつけてスタートしていたので、トラフィックのなかでも安定して順位を上げていくことができましたが、ピットストップで調整を加えると、さらに自信が得られるようになりました。そこで少しずつアタックしていったのです。とにかく、マシーンのフィーリングは良好でした。この時点では、僕たちはとても強力なパッケージを手にしていましたが、レース後半には問題を抱えることもわかっていました。僕たちのようなダウンフォース・レベルでは、単独に近い走行になったときドラッグが大きすぎてあまりいい結果を得られないと思われたからです」 続いて琢磨はフランキッティ、ライアン・ブリスコー、トニー・カナーン、ジェイムズ・ヒンチクリフらとバトルし、3番手から5番手につけていた。そしてレースの折り返し地点直前にイエローが出されたとき、琢磨とトップのマルコ・アンドレッティは他の多くのトップランナーたちとともにピットインし、そしてコースに復帰していった。これで一旦は12番手となったが、集団のなかに埋もれたアンドレッティを尻目に、琢磨は目を見張るパッシングを繰り返して1ラップほどの間に6番手まで返り咲いたのである。 ここから琢磨は徐々に順位を上げていくと、ジャスティン・ウィルソン、グレアム・レイホールらをオーバーテイクし、118周目には2番手へと躍進する。そして首位のスコット・ディクソンがピットに入ると、琢磨はついにトップに立ったのだ! この数周後に琢磨はピットストップを行なったものの、その後も上位グループに留まり、順調に周回を重ねていった。 残り47周でリスタートとなったとき、ターン3の進入でフランキッティに抜かれた琢磨は、続いてディクソンにも先行されてしまう。この後、連続してコーションとなるなかで、琢磨は次第に順位を落としていった。その最後のリスタートでは、ライアン・ブリスコーの後ろでスロットルを戻す羽目に陥り、あっという間にウィルソンとヒンチクリフに抜かれて7番手に後退する。これでレース終盤に琢磨がすべき仕事が増えたことは間違いない。なにしろ、残りは6周しかないのだから……。 「リアウィングの設定は2回変えましたが、いままでレース中にしたことがなかったので、いい経験となりました。いっぽうで、メカニカルグリップが完璧とは言いがたかったため、最後のスティントではクルマはかなりニュートラルになっていました」 「今年は1列縦隊となってリスタートするスタイルに戻ったので、自分でコントロールできる幅は広がりましたが、スピードウェイではギア比が分散しているので、完璧なタイミングでダッシュしなければいけません。2度か3度、自分なりに試してみましたが、最後からひとつ手前のリスタートではTKが6番手からトップに躍り出るジャンプアップを成功させました。あまりにもそれは上手くいったので、思わず笑ってしまったほどです。けれど、これで僕の闘争本能にも火がつきました。さて、自分にも同じことができるだろうか?」 「最後のリスタートで成功し、僕は7番手から4番手に浮上。それからTKをパスし、199ラップ目の1コーナーではスコットも追い抜きました。ダリオと僕の一騎打ちがファイナルラップ物語になることは分かっていました。そして、勝利に向かって自分が勝負に出ることも! ターン3からターン4にかけては本当に全力を尽くし、マシーンはスライドしていましたがダリオのすぐ後方まで接近することに成功しました。そしてスリップストリームに入り、ついにストレートエンドでそのインサイドに飛び込むことに成功したのです!ターンインが始まる直前にサイド・バイ・サイドとなっていました。けれども、ダリオは同じ方向にステアリングを切り続け、僕はホワイトラインまで押し出されました。これで本当に難しい状況に追い込まれたのです」 「インサイドに飛び込んだときは、これでもう勝負は決まったと思っていました。タイトではあったけど、オーバーテイクは決まった!と確信しました。ダリオと僕の間隔は全く残っていなかったので、もしも車体の半分ほどの幅でも僕に残しておいてくれたら、もしくはホワイトラインを尊重してくれれば、このままサイド・バイ・サイドで問題なく通過できるのにと期待せざるを得ませんでした。けれども、そうはなりませんでした。僕のリアタイアはスライドを始めて……」 「もしもあと1周あったら、あのときは仕掛けていなかったかもしれません。けれども、あとターン4つ分しか残されていなかったなら、ましてや、ターン2の出口で風に煽られるためにターン3でのアタックが極めて困難だとわかっていたら、あそこでいくしかないのです。あのターン1は唯一のチャンスであり、僕は勝つ為にアタックしました」 「結果は僕たちが期待していたこととは異なりましたが、まったく信じられないような1日でしたし、本当に特別なインディ500というレースを僕は心の底から満喫しました。チームの奮闘についても誇りに思っています。僕たちのチームは決していちばん裕福なわけではありませんが、とてつもなくコンペティティブで、メカニックたちは傑出したパフォーマンスを発揮してくれました。チームのメンバー、スポンサー、そして僕を応援してくれたすべてのファンに心からお礼を申し上げます」 けれども、その余韻に長く浸っている余裕はない。今週末に行なわれるデトロイト・ベルアイルのレースを皮切りに、インディカー・シリーズは1年のなかでもっとも忙しい時期を迎えるからだ。「インディはとてもエキサイティングで、とてもポジティブで、観衆から多くの声援をもらい、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのことを誇りに思っています。彼らは本当に素晴らしい働きをしてくれました。勝てなかったことは本当に悔しいけれど、これからもアタックし続けます!」 written by Marcus Simmon |