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レースが始まった直後のふたつのコーナーで、27番手から12番手までポジションを上げたドライバーがいたとしたら、残る109周と3/4ラップでどんな結果を残すと期待するだろうか? これこそ、NTTインディカー・シリーズのポートランド戦でまさに佐藤琢磨の身に起きたことだが、結局のところ、彼はこれと同じ12番手でチェッカードフラッグを受けたのである。
シーズン終盤に西海岸で行なわれる3連戦の先陣を切って開催されたのは、オレゴン州のテクニカルなロードコースを舞台とする1戦。そして琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、2018年にまさにこのコースで勝利の美酒を味わっている。しかし、2020年は新型コロナウィルスの蔓延によりレースが開催されなかったため、エアロスクリーンに起因する新しいセットアップを試すのは今回が初めてとなった。ところが、琢磨は1回だけ行なわれたフリープラクティスの冒頭でいきなりエンジントラブルに見舞われたのである。 「僕たちにとってはとても厳しい状況でした。このときは新しいエンジンを使う予定をしていましたが、1度インスタレーション・ラップをして、その次のアウトラップを走り始めたとき、なにかが正常でないことに気づきました。僕はピットに戻り、データをチェックしましたがシリンダーにもクランクシャフトにも問題はありません。それでも、どこかに異常があるのは明らかでした。HPDはもう1ラップすることを望んでいましたが、それが正しい判断とは思えなかったので、予選に向けてエンジン全体を交換してもらうことにしました」 これによって琢磨はグリッド・ペナルティを受けるだけでなく、フライングラップを1周も走ることなく、プライマリー・タイヤがどんな性能を発揮するかのデータや予備知識もないまま、ソフトなレッド・タイヤを履いて予選に挑むことになった。それでも、琢磨はどうにかして、あとコンマ2秒で予選グループのトップ6に入って第2セグメントに進出できるタイムを記録したのだが、激しい接戦が繰り広げられるインディカー・シリーズでは、これは12番手が精一杯の結果でしかない。もっとも、今回の予選グループ分けは公平さに欠けていたようで、もしももうひとつのグループで走行していたら、琢磨のタイムは5番手に相当するものだった。 「75分間のプラクティス・セッションが1回だけしかなかったので、基本的にはここで終わったも同然でした。ポートランドでは、全ドライバーが極めて拮抗したタイムをマークします。コースはとてもチャレンジングで、特に高速のS字区間は路面がひどくバンピーですが、いずれにしても、僕はなんの感触も掴んでいないまま、予選に挑まなければいけませんでした。これは恐ろしく困難なことですが、ほかに方法はありません! 僕は、できることすべてを試しました。ただし、ほかのドライバーは全員フリープラクティスでレッド・タイヤを経験していたのに、僕はセットアップもタイヤのこともわかっていなかったので、まったく不可能な状態だったといえます」 エンジン交換によるグリッドペナルティが科せられた琢磨は、最後尾となる27番グリッドからスタートしなければいけないが、ウォームアップでは7番手タイムを叩き出し、決勝に向けてわずかな光明を見いだすこととなった。「よりクルマに自信が持てるようになりました」と琢磨。「マシーンの動きは良好で、僕たちはコンペティティブでした。これは、とても心強いことです。少なくとも、これはレース前にプラクティスがひとつ用意されているのと同じです。天に感謝するしかありません!」 そしてスタートの波乱が始まり、最初のシケインではありとあらゆる場所にマシーンが散らばっていた。ターン1、2、3の複合セクションを抜けたとき、琢磨は17番手となっていたが、これに続くセーフティカーラン中、混乱のさなかにコース外を走行したマシーンに対して隊列の後に並ぶよう指示された結果、琢磨は12番手に浮上したのである。「それほど驚くことではありません。何年も何年も、ターン1では似たようなことが繰り返されてきました。僕はグリッドの後方で、同じような(エンジンの)状況にあったライアン・ハンター-レイと隣り合っていました。僕たちは、2018年にここで素晴らしいレースを繰り広げていて、今回は2018年や2019年より5周長いレースとされていたので、楽観的に捉えていました。インディカー・シリーズは、2ストップでは簡単に走りきれないレースにしたかったようです。つまり、フラットアウトで戦うレースを望んでいたのです。ただし、ポートランドはオーバーテイクがひどく難しいコースなので、なにかをする必要がありました。そこで、僕たちは2ストップでレースに臨んだのです。2ストップ作戦にあわせてマシーンのダウンフォースを削り取るのはバカげたことですが、周囲を走るドライバーがいないなかで良好な燃費を記録するにはこれ以外に方法がありませんし、ストレートスピードが速ければポジションを守れる可能性があるほか、誰かをオーバーテイクするにも役立つと考えられました」 「ライアンと僕は、ターン1でなにが起きるかを慎重に見極めていました。すると、実際に大変な混乱が起きたのです。期待どおりの展開でした。しかも、これで長い間イエローコーションになれば、僕たちの戦略を助けてくれることにもなるのです」 琢磨は最初のスティントをブラック・タイヤで走行。さらに新品のレッド・タイヤが2セットあったので、これでレースの残り周回数を走りきる作戦である。ブラック・タイヤの性能は上々だった。リスタートでは、今回がデビュー戦となったカラム・イロットをパスして11番手に浮上。前を走るドライバーたちがピットインをし始めるまで、このポジションで周回を重ねた。琢磨は39周目にピットストップ。このとき彼はジャック・ハーヴェイに続く2番手となっていた。琢磨が語る。「2ストップ作戦で順調に走行していました。僕たちは、もっとも遅いタイミングでピットストップを行なったドライバーのひとりでした」 ところが、レース序盤の混乱が収まったころ、多くの有力ドライバーがイエロー中にピットインするチャンスを手に入れていたのである。これは、数字のうえでいえば3ストップ作戦だが、実質的には2ストップ作戦であり、グリーンの間はずっとプッシュし続けることができた。「彼らは“タダ”でピットストップを1回手に入れたようなものです。最後のピットストップを終えたとき、自分が17番手にいたので、『どうして、こんなことになったんだ?』『なんで僕たちはトップ6じゃないんだ?』と考えて気づいたのですが、とても腹立たしい状況でした」 最初のピットストップには手間取って22番手へと後退したが、通常とは異なるサイクルのドライバーたちがピットインすると琢磨は16番手に浮上。2回目のイエローは、イロットとダルトン・ケレットがコース上で停まったことを引き金とするものだったが、ここで琢磨は8番手となる。続くリスタート後の混乱がひと段落すると、琢磨はスコット・ディクソンを追っていた。そこでターン1に向けて突進したのだが、ここでは最多チャンピオン記録を保持するドライバーに行く手を阻まれてしまう。「僕はポジションを上げなければいけませんでした。ほかのドライバーは燃料をセーブしているようでしたが、レース中のオーバーテイクは誰にとっても本当に難しいものでした」 76周目に最後のピットストップを行なう直前、琢磨は6番手まで駒を進めていた。続いてコースに戻ると、琢磨はウィル・パワーをパス。やがてパワーと彼のチームメイトはバトル中に接触し、パジェノーがその場に取り残され、またもイエローとなった。「ウィルと一緒に走っているとき、ターン4で楽しいことがたくさんありました。そしてサイモンとも、ターン5からターン6にかけて同じことをしました」 ほどなくしてセバスチャン・ブールデとオリヴァー・アスキューが絡み、この日4度目で最後となるイエローが提示される。そして、チェッカーまで残り19ラップのバトルが演じられることになった。「マジメに2ストップ作戦に取り組んだ僕たちが、その成果を十分発揮できなかった最大の理由は、イエローが何度も出たことにあります」 そう琢磨が説明したように、速いマシーンはすでにピットストップを終えており、燃料を心配することなく残る周回数を走りきることができた。 ここからフィニッシュまで琢磨は12番手で走行を続けたが、ラスト3ラップのターン1ではエド・ジョーンズに襲いかかる健闘も示した。「チャレンジしてみましたが、ローダウンフォースのセットアップでは、追いついてサイド・バイ・サイドまで持ち込めても、ヘビーブレーキングではダウンフォース不足でマシーンを思うように停めることができませんでした」 これで手堅い結果を得た琢磨は、次戦が行なわれるラグナセカに向かうこととなる。 「(スタート時のアクシデント直後に)僕は12番手から戦い始めたので、もう少しいい成績を収めてもよかったと思います。ピットストップで1度遅れたことを除けば、僕たちにミスはありませんでした。ただし、いまはラグナセカのレースを楽しみにしています。ここはアメリカのロードコースを象徴するサーキットのひとつで、世界的に見てもあまり例がないコースなので、いいレースとなることを期待しています」 written by Marcus Simmons |