COLUMN |
インディ500の前哨戦として恒例となったインディGPを、佐藤琢磨は16位でフィニッシュした。賞賛に値する成績でないのはもちろんだが、スピードウェイのロードコースで行なわれるレースとしては、琢磨にとってまずまず順当な結果といって差し支えない。ご存じのとおり、琢磨はF1時代にこのコースで3位表彰台を勝ち取っているのだが、残念なことに、それと同じようなリザルトを残せてはいない。もっとも、ロードコースにおける不運が、インディ500での幸運をもたらすうえでなんの妨げにもなっていないことは、これまでに2度優勝し、3度表彰台に上った琢磨の戦績を見れば明らかだろう。
そこで今回ばかりは、No.30をつけたダラーラ・ホンダから最大限のポテンシャルを引き出そうと、琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのクルーは懸命に努力したのだが、結果的には、最初のフリープラクティスで17番手、続くセッションでは20番手という不本意な結果に終わった。「基本的な速さが不足していました」と琢磨。「最初のフリープラクティスには、比較的調子のよかったバーバー・モータースポーツ・パークと同じセッティングで臨みました。ただし、2回目のセッションになって柔らかめのレッド・タイヤを装着しても、満足のいくパフォーマンスは得られませんでした」 「そこで僕たちは“あること”を試すことにしました。予選に向けて多少調整したくらいでは本来のポテンシャルを引き出せないように思えたので、よりラディカルな手法をとることとしたのです。そしてリアエンドを大幅に変更しました。多くのドライバーがファインチューニングに取り組んでいるいま、大幅な変更を施すことが理想的でないのはわかっています。いってみれば、これはある種のギャンブルでしたが、速いチームでも同様のことを試すのがある種のトレンドとなっていることを僕たちは知っていました」 この変更が、かなりの進歩を促すことになる。琢磨は予選グループで9番手となり、17番手からスタートすることが決まったのだが、あと0.02秒か0.03秒速ければ第2セグメントに進出できていたのである。「相対的にはよくなったと思います。トップとのギャップを縮め、マシーンからもポジティブな感触が得られました。グリッド順でみれば、僕たちは後半分のグループに属していましたが、あと2列前にいけば前半分に入れるというポジションです。それに僕の周りのグリッドには、スコット・ディクソンやアレクサンダー・ロッシ、ライアン・ハンター-レイといって強力なドライバーが並んでいました。現在のインディカーはとてつもなくコンペティティブで、僕たちはせいぜい0.05秒を取りこぼしただけなのです。フラストレーションもありましたが、新しい方向性が見つけられたことに勇気づけられたのも事実です」 12番手となったウォームアップでも、琢磨は同様の進歩を感じ取っていた。もっとも、このときは後に行なわれる決勝レースに比べて、気温がいくぶん低かったことは事実だが……。そして琢磨は決勝のスタートでも前進してみせたのである。琢磨に近いスターティンググリッドに並んだドライバーのなかで、唯一レッド・タイヤを装着していたハンター-レイの先行こそ許したものの、ターン1のアクシデントでコノー・デイリーがエンジンストールし、RLLRのチームメイトであるグレアム・レイホールが遅れたため、琢磨とその周辺のドライバーはポジションを上げることに成功したのである。 「いいスタートが切れました。僕と近いグリッドからスタートしたドライバーは、ライアンを除くとみんなプライマリー・タイヤを履いていました。レース前に彼と話しをしたとき、もしもポジションを争うことになっても、特段なにもしないと彼に伝えました。つまり、道を譲ることはしないけれど、無駄な抵抗もしないと予告したのです。そしてスタートでは、ライアンが急に左に進路を変えるのが見えましたが、僕は彼をブロックしませんでした。そして間もなく発生したアクシデントを、僕は無事に避けることに成功しました」 これで琢磨は14番手に浮上。その後のイエローコーションに続くリスタートでは、ロッシに攻略されたものの、11ラップ目に早めのピットストップを行なうと、ブラック・タイヤを外し、レッド・タイヤへと履き替えたのである。これ以降、琢磨は最後までレッド・タイヤを使い続けることとなった。「2ストップ作戦は現実的とはいえません。3ストップ作戦であればピットウィンドウが広がり、フレキシブルにレースが戦えます。レースタイヤとしてはレッドがベストなように思えました。グリップがいいうえに、ライフもプライマリーと遜色がなかったからです。僕の前にはマシーンが何台も連なっていたので、フレッシュなエアが必要でした。そこでチームは早めのピットストップを行ない、アンダーカットを試みましたが、これは成功しませんでした。1周後に多くのドライバーがピットインし、今度はプライマリー・タイヤを履いたドライバーたちが僕の行く手を阻むことになったからです。この流れが、僕たちの残るレースを決定づけることになりました。つまり、たとえレッド・タイヤを履いていても、自分たちの前を走るブラック・タイヤを履いたドライバーがレースのペースを決める、というものです」 さらにはピットストップも、琢磨がエアホースを轢いたことに起因する混乱で、やや長引いてしまう。「ここでの遅れはコンマ2、3秒ほどでしたが、これで順位を落としたために、僕たちのレースはさらに難しいものとなりました」それでも琢磨は2回目のピットストップ直前にフェリックス/ローゼンクヴィストをパスし、この時点で13番手となっていた。 コースに復帰して間もなく、パト・オワード攻略のチャンスをうかがっていた琢磨は、レースリーダーのロメイン・グロージャンに追いつかれてしまう。この時点でまだ1度しかピットインしていなかったグロージャンは、彼らをラップダウンにしようとしていたのだ。そして、F1でも話題になった彼のアグレッシブな走りが、ここでもそのまま再現されたのである。「僕はパトをオーバーテイクしようとしていましたが、ラップダウンにはなりたくありませんでした。僕がチャンスをうかがっていると、ロメインがノーズを押し込んできて、僕をグリーン上に追いやりました。これにはいささか腹が立ちました。彼は大きくリードしていたのだから、そんなことをする必要はなかったのです。この周、僕は3秒ほどロスしましたが、これで僕はさらに窮地へと追い込まれたのです」 その数周後、琢磨はリベンジに成功する。「彼がミスをしたのでオーバーテイクのチャンスが手に入りました。このとき、僕はノーズをねじ込むと、まだフレッシュなタイヤを活用して彼を追い抜きました。ただし、ここでロスした時間により、続くふたつのスティントはストレスが溜まる展開となりました。なぜなら、プッシュするのに十分な燃料が残されていなかったうえ、またもやブラック・タイヤを履いたドライバーたちにペースを決められることなったからです」 実際のところ、その後のレースはあまり波乱のない展開となった。そうしたなか、遅めのピットストップにより最終的に12位でフィニッシュすることになるハンター-レイとのバトルを、琢磨は心ゆくまで楽しんだのである。「素晴らしいバトルでした! 彼は僕の目の前でピットアウトしてきたので、ターン2でそのアウトサイドに回り込むと、ターン3、ターン4もずっとアウト側のまま、彼とサイド・バイ・サイドで走りきったのです。ライアンとの間隔は1インチ(約2.5cm)くらいでしたが、僕たちは一度も接触しませんでした。続くハイスピードシケインのターン5とターン6で、僕は彼の前にでました。レース後、彼とはメッセージのやりとりをしました。同時にドリフトして、前輪と後輪が見事にシンクロしたのは本当に見物で、僕たちは心からこのバトルを楽しみました」 「第3スティントで、僕はようやくクリーンなエアを手に入れることができたため、しばらくはいちばん速いペースで周回できましたが、やがて前を行くグループに追いつきました。僕たちのペースはかなり速かったと思います。ただし、それは戦略上のことで、幸運に恵まれなかった僕たちは、それ以上ポジションを上げることができませんでした」 最後のスティントで、琢磨は14番手のエド・ジョーンズ、そして15番手のオワードを追いつつ、直後にローゼンクヴィストを引き連れて周回を重ねた。「僕はまだプッシュ・パスを40秒分使えたのですが、早めにピットストップしていたために残り燃料がタイトで、それを十分に活用することはできませんでした」 続くレースはシーズン最大の一戦であるインディ500だ。「2021年の序盤戦は、セントピーターズバーグだけがいい展開で、ほかのレースでは不運に見舞われました。インディGPで掴んだいい流れを持続させたいところですが、すべてはまっさらな状態から始めなければいけません。僕たちは残るシーズンとインディ500に集中することにします。インディ500ではエアロが変更となり、バージボードの使用が認められるほか、ディフューザーにもパーツが追加できます。きっとチャレンジングな戦いになるでしょうが、とても楽しみです!」 written by Marcus Simmons |