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テキサス・モーター・スピードウェイのようにバンク角の深いオーバルコースは、本来、元F1ドライバーが慣れ親しんでいる場所ではない。しかし、ここで佐藤琢磨はIZODインディカー・シリーズで自身のキャリア・ベストに並ぶ5位入賞を果たした。しかも、同じ5位を記録した開幕戦セントピーターズバーグのときはライバルの脱落に助けられた側面があったのに対し、今回の琢磨はフロントランナーたちと互角に戦い、インディカー・シリーズのオーバルレースではお馴染みの接戦を演じた末に、ウィナーのダリオ・フランキッティとはわずか1.4秒差でKVレーシング・テクノロジー-ロータスをフィニッシュラインに導いたのである。
「オーバルコースでは去年も何度か力強い走りを見せることができました」と琢磨。「時にはトップと非常に近いところまで迫りましたが、期待するような成績が得られたことは一度もありませんでした」 しかし、今回はまったく様相が異なっていた。 プラクティスの段階から琢磨には光る部分があったが、驚くような成績を収めたわけではない。「プラクティスの結果だけを見てもわからないことがあります。たとえばトウ(スリップストリーム)を使えばスピードはぐんと高くなります。ただし、僕たちは予選セッティングに専念したかったので、トラフィックは避け、どうやってクルマをまとめるのがいちばんいいかを評価していました。この時点でフィーリングが特別よかったわけではありませんが、いくつか試したなかには印象がいいものもあったので、予選を楽しみにしていました」 予選の出走順を決める抽選で琢磨は30番手、つまりいちばん最後のクジを引き当てた。自分の出走順がくるのを待つ間、チームメイトのトニー・カナーンが好タイムを記録する。「TK(トニー・カナーン)が力強く走ってくれたことで、僕も勇気づけられました。しかも、僕たちは非常に似通ったセットアップなので、これは大きな自信につながりました。おまけに、気温は依然として高めですが、ほんの少し涼しくなってきたので、コースコンディションはいくぶん改善されていました」 ここで琢磨は4番手のタイムを叩き出し、2列目グリッドを手に入れる。オーバルコースの予選としては、過去最上位の成績である。「予選セッティングではクルマの動きが素晴らしかったので、本当に嬉しかったです」 琢磨はそう振り返った。 その後の最終プラクティスで、グリーンに塗られたNo.5のKVレーシング・テクノロジー-ロータスは2番手のタイムを記録する。「これも実力をそのまま反映した結果ではありません。僕がニュータイアを使ったのに対して、ニュータイアを使わなかったドライバーが多数いたからです。すべてのシナリオを確認しておきたかったので、僕らはコンディションの向上しているときにニュータイアを装着しました。クルマは集団のなかを走ってもバランスのいいことが確認できました」 土曜日の晩、ダブルヘッダーの最初のレースが始まった。ちなみに、インディカーでダブルヘッダーが組まれたのは1981年以来のことである。「決勝を楽しみにしていました。去年はオーバルで何度かいいところがあり、特にアイオワでは好調でしたが、もてぎが終わって以降、最終戦のホームステッドまで、いいフィーリングを得られたことがなかったからです」 「今年はインディ500がシーズン最初のオーバルレースでしたが、インディは全長2.5マイルと非常に特殊なコースです。ところが、今回は“一般的な”1.5マイル・オーバルに戻ってきました。このタイプのコースで使われるスタンダード・エアロパッケージでは、エキサイティングなバトルを展開することができます。おまけにプラクティスの結果がよかったので、とても待ちきれない気分でした。しかも、4番手からのスタートなので、混乱に巻き込まれる可能性もグンと少なくなります」 レース序盤、琢磨は現在のポイントリーダーでペンスキーのウィル・パワーと3番手争いをしていたが、最初のピットストップを迎えるころにはややペースが伸び悩んでいた。「期待どおり、いつもとは違ってスタートはとても落ち着いたものでした。すぐにリズムを掴むことができましたが、アンダーステアが強かったので、右フロントタイアを長持ちさせることを考えなければいけませんでした。ウィルとはとてもいいバトルができました。僕たちはものすごい接近戦を演じていて、一度、彼が僕のリアタイアに軽く接触したこともありました。幸い、クルマの挙動は崩れませんでしたが、レヴリミッターに当たるほどのプッシュになったので、それはあまり好ましいシーンではありませんでしたが、それでも彼とのバトルを楽しむことができました」 「残念ながら、僕のセットアップはコンディションにぴったりマッチしているとはいえなかったので、最初のルーティーンワークを終えるまでに少し順位を落としてしまいました。僕たちはピットでタイアの空気圧とフロントウィングを調整しました。これでマシーンの調子はよくなり、僕は少しずつ反撃をしていきます。すべて順調で、しばらくすると、この日、最初で最後のイエローが提示されました。ここでピットストップを行ない、さらにマシーンを調整したおかげで、最後のスティントは思いきり走ることができました」 レース終盤を迎え、琢磨は6番手を走行していたが、ここでペンスキーのライアン・ブリスコーに5番手争いを挑むことになる。「トップチームのドライバーとバトルできるのはとても気分のいいものです。僕たちは互いに“プッシュ・トゥ・パス・ボタン”を使いました。ただし、1度これを使うと、次に使えるようになるまで少し時間がかかります。したがって、いつ使うかの判断がとても重要になります。とはいえ、これを使ってリードを広げたり、また順位を落としたりが繰り返されるので、ファンにとってはとても楽しいでしょうね」 フィニッシュラインに飛び込む直前、ブリスコーは最後のアタックを琢磨に仕掛けた。「彼が使うだろうことはわかっていましたが、これをなんとかかわすことができました。成績を残すことができたのは、チームにとって素晴らしいことだと思います。このことにはとても喜んでいますが、ドライバーはいつもより上位を狙ってしまうものです」 スターティング・グリッドを抽選で決めるとなれば、なんとしても上位グリッドのクジを引き当てたくなるだろう! そう、レース2のグリッドは抽選によって決められたのだが、チームがセットアップの調整を行なっている間、琢磨が引き当てたのは25番グリッドだった。「最初のレースでは、少しクルマのドラッグが大きいような気がしました。ダウンフォースが大きすぎたのでしょう。そこでほんの少しだけ調整することにしたのですが、これがわずかに行き過ぎだったようです。本来は、どこからスタートしたのかについて、もっと深く考えるべきだったのかもしれません。なぜなら、集団の後ろのほうからスタートする場合は、より大きなダウンフォースが必要になるからです」 「このレベルでは、ドラッグを少し落としただけでもダウンフォースは大幅に減ってしまいます。クルマは良いスピードを持っていたので、僕たちは少し楽観的に物事を考えていたのかもしれません。残念ながら、セットアップを変更した影響でマシーンはいたるところでスライドするようになりました。とてもデリケートで、満足のいくバランスに仕上げるのはすごく難しいことなのです。僕のマシーンはアンダーステアもオーバーステアも顔を出して苦労していたので、僕はコクピットで忙しく作業をしていました。フロントとリアのアンチロールバー、それにウェイトジャッカーを駆使していたのです。これでハンドリングのバランスを調整していたのですが、ダウンフォース不足には変わりなく、この影響でクルマは常にスライドしていました。時には3ワイドのときにスライドするなどしていたので、まったくクレイジーな状況でした」 それでも琢磨は懸命に順位を上げていき、最終的には12位でフィニッシュ。第1レースで素晴らしい結果を残した夜を締めくくるのに相応しい成績を手に入れたのでる。「順位を上げる途中で、210mph(約336km/h)でスライドしたこともあります??これはあまり嬉しいことじゃありませんね。僕のエンジニアによると、これほど忙しくステアリングを操作しているのは見たことがなかったそうです」 「残念ながらレース中はフルコーションがなかったので、リスタートで順位を上げる機会には恵まれませんでした。それでもバトルをしながら順位を上げていくのはエキサイティングで、いい経験になりました」 「本当に素晴らしい週末でした。いつだって結果には満足できませんし、予選の後はもっと上位を期待していましたが、とてもいい1日だったので、本当は喜ぶべきところなんでしょうね」 琢磨に休む暇はない。インディカー・サーカスは、伝説的な1マイル・オーバルのミルウォーキーでの1戦に備え、今度は北を目指すことになるからだ。ただし、2010年はイベントが開催されなかったため、琢磨にはまだミルウォーキーのレースを戦った経験がない。「ミルウォーキーでテストを行ないましたが、とても風が強く、たった50ラップしかできませんでした。それでも、いままで走ったオーバルコースとまったく異なっていることはわかりました。オーバルなんですが、オーバルらしくないのです。ターンでは必ずスロットルを戻すし、レースではブレーキを使うこともあるのです。ドライバーはみんなミルウォーキーのことが好きで、常にエキサイティングなレースになるので、レースをとても楽しみにしています」 written by Marcus Simons |