COLUMN |
佐藤琢磨はスケジュールが短縮された2020シーズンの最終戦を10位で終えた。それも、本来は開幕戦が開催されるはずだったサーキットで……。世界中がパンデミックの恐怖に襲われる不思議な環境のなか、ふたたびレースを戦うのは極めて困難なチャレンジだったが、少なくとも琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはセントピーターズバーグにおいて満足のいく形でシーズンを締め括ることができた。琢磨が今シーズン、獲得した戦果としては、インディアナポリス500での優勝やキャリア・ベストとなるシリーズランキング7位のほか、2021年もRLLRのNo.30ダラーラ・ホンダを継続して走らせることが含まれている。
インディカー・シリーズの一行は3月に一度フロリダの市街地コースを訪れているが、そのときは新型コロナウィルス感染症が急激に拡大した影響で、誰もがなにもせずにそのまま帰路についた。「ここにまた戻ってくるのは、だから不思議な感じがしました」と琢磨。「3月のときはまったく走行していなくて、それから7ヵ月経って再び戻ってきました。セントピートは素晴らしい街で、雰囲気はいつも最高です。しかも、今回はパドックやグランドスタンドにも一部観客を迎え入れることができたので、とてもよかったと思います」 フリープラクティスで琢磨は幸先のいい4番手タイムを叩き出す。「今回は一度コンベンショナルなセットアップに戻して、そこからセッティングを煮詰めることにしました。走り始めたときから感触は良好でした。今年、市街地コースで開催されるレースはこの一ヵ所だけですが、僕はいつもセントピートの一戦を楽しんできました。予選が楽しみで仕方ありません」 残念なことに、琢磨は予選のアタックラップ中にウォールと軽く接触したため、予選グループの7番手に終わった。あと100分の5秒速ければトップ6となって次のステージに進めたので、この結果は実に惜しかったといえる。「本当に完璧なアタックラップが必要だったときに、ウォールを軽く撫でてしまいました。これで失ったのは0.1秒ほどですが、あと0.05秒速ければ第2セグメントに進出できました。それさえなければ第2セグメントに進めたことは間違いなかったと思います。とにかく僕はミスを犯し、その代償を支払うことになったのです」 2020年シーズンの慣例とは異なり、レース直前にウォームアップ・セッションが執り行われ、琢磨はここで8番手となった。このとき、琢磨はマシーンのバランスに満足しており、決勝を楽しみにしていた。今回の周回数はいつもの110ラップではなく100ラップとされたため、2ストップ戦略が有望と見なされた。「各スティントで少しずつ燃費を稼げばよかったのです。それほど難しいことではなく、しかもタイヤはたくさん残されていました。なにしろ予選では第2スティントに進めなかったので……」 「僕たちはソフトコンパウンドのレッド・タイヤでスタートしました。2019年は誰もがスタート用にレッド・タイヤを選択しました。おそらく、全ドライバーが同じタイヤでスタートしたのは、このときだけだったと思います。ただし、今年ファイアストンは少し異なったタイヤをセントピートに持ち込みました。性能の安定性が向上しており、スターティンググリッドではブラック・タイヤとレッド・タイヤが半々の状況となりました。僕の手元には新品のレッド・タイヤが2セットあったので、まずはレッドでスタートして様子を見ることにしました」 この戦略はうまくいく。13番グリッドからスタートした琢磨は、オープニングラップにサイモン・パジェノーをパスして12番手に浮上。第1スティントはこのポジションを守り続けたが、早めにピットストップを行なうドライバーがいたため、No.30が最初のピットストップを行なったときには5番手へと順位を上げていた。その後、イエロー・フラッグが振られる。第2スティントには実に3回もイエローが提示されたのだ。これで一時は10番手となったが、2回目のピットストップを行なったときには12番手となっていた。 2回目で最後となるピットストップを終えたとき、琢磨は9番手だった。その後、ジャック・ハーヴェイとマルコ・アンドレッティのアクシデントに巻き込まれるが、琢磨はこの難を逃れて7番手に駒を進める。ところが、そんな琢磨にペナルティが科せられてしまう。 「レース戦略は成功でした。第2スティントはブラック・タイヤを履いて走りきり、最後のスティントに向けてレッド・タイヤに履き替えました。すべて順調でした。ターン4でジャック・ハーヴェイのインに飛び込みます。このときは接近戦でしたが接触はしませんでした。アウト側にマルコがいた関係で、ジャックは僕のごく間近まで接近しました。僕はターン4の縁石に向けて追い詰められていたので、十分に減速するのは難しい状況です。おそらく、ジャックがイン側にいて、そのさらにイン側に僕がいたので、マルコから僕は見えなかったのでしょう。ジャックを攻略すると、マルコは通常のレーシングラインへと即座に戻ろうとしましたが、そこに僕がいました。マルコは自分の右リアタイヤで僕のフロントウィングを引っかけてサイドウォールを痛め、パンクさせてしまいます。インディカーのルールによれば、これは回避が可能な接触になるそうですが、僕にはまったく理解できませんでした。僕は直接的にはハーヴェイと戦っていて、自分たちは接触していません。そしてマルコに対してはなにもできない状況だったのです」 インディカーは琢磨に対し、セーフティカーに先導される隊列の最後尾に回るよう指示。これにより琢磨は15番手となった。その後、ジェイムズ・ヒンチクリフとポジションを入れ替えると、今度は琢磨とオリヴァー・アスキューとの間で“事件”が起きた。「リスタートでいくつかポジションを上げました」と琢磨。「僕はアスキューのインサイドに飛び込みましたが、このときの状況は先ほどのものとちょっと似ています。アスキューはスロットルを一旦戻してクロスラインを仕掛けることもできたと思いますが、そのままアウトで踏ん張り続けました。ところがターン10の縁石は極めて高いため、僕のフロントエンドはバウンシングを起こして彼のマシーンと接触。アスキューはそのままウォールに突っ込んでしましました。僕は彼に対して申し訳なくなり、レース後に謝罪しました。彼もクロスを掛けるべきだったと苦笑いしていました。インディカーはこの一件についてレーシングアクシデントとの判断を下し、僕にペナルティを科すことはありませんでした」 その後は、さらにオーバーテイクを続け、前方を走るマシーンがピットストップを遅らせるなどした結果、琢磨は10番手に浮上してチェッカードフラッグを受けた。「激しくレースを戦って10位まで順位を戻しましたが、それは僕が期待していた結果ではありません。僕たちはトップ5の成績を獲得できたはずです」 「いい形でシーズンを終えられたことは、僕だけでなくレースエンジニアのエディ・ジョーンズにとってもよかったと思います。なにしろ、彼にとってはこれが最後のレースなのです。エディは3年前にリタイアするはずでしたが、僕がレイホールに加入したことで、僕と一緒に仕事をするようになりました! 彼は素晴らしい仕事をしてくれて、2020年を最後にリタイアすると公言していました。僕たちは一緒にインディ500を制することができたので、ふたりにとってこれは素晴らしい記念になりました」 ジョーンズはRLLRを去るが、琢磨はチームに留まる。「来年もチームに残ることができて、嬉しく思っています。2021年に向けて本当にワクワクしています。COVID-19の影響で2020年はとても不思議なシーズンとなりましたが、このような状況下でもレースシーズンを過ごせたことは本当に幸運だったと思います。最高のチームとともに過ごした、特別な、そして忘れられないシーズンでした」 セントピートを終えると、チームはインディアナポリス・モーター・スピードウェイの2.5マイル・オーバルに直行し、そこで新しい空力パーツの開発を行なうと、琢磨はようやく日本に帰ることになる。検疫の関係もあって、琢磨は2月からずっと帰国していなかったのだ。ただし、今回の旅も休息だけが目的ではない。「インディ500で優勝した関係で、1月にアメリカに戻るまで恐ろしく忙しい毎日を過ごすことになりそうです!」 written by Marcus Simmons |