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夏以降、佐藤琢磨には数多くの不運が降りかかったが、それでも今シーズンを通じて琢磨はインディカー・シリーズを力強く戦った。ところが、獲得ポイントが2倍になる最終戦ラグナセカのレース半ば、琢磨は他のドライバーに接触されてマシーンにダメージを負ってしまう。それでもこの時点では、No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)のダラーラ・ホンダは6番手につけていたので、決勝を10位かそれ以上の成績で終える可能性は十分にあったのだが、琢磨は21位でレースを終える。これで10点を獲得したが、ポイントスタンディングではそれまでの6番手から9番手まで急降下。アクシデントの影響がとりわけ大きかったのは、前述のとおり最終戦ラグナセカがダブル・ポイント・レースだったことによる。もしもこれが通常どおりのシングル・ポイント・レースであれば、琢磨は6位でチャンピオンシップを終えていたはずだ。
インディカー・シリーズに参戦するチームはプレシーズンテストでも北カリフォルニアに広がるラグナセカ・サーキットを訪れていたが、レースウィークが正式に始まる前日の木曜日にもテストデイが設けられた。「悪天候のため、プレシーズンテストは日程が短縮されたのです」と琢磨。「でも、僕たちにはベース・セットアップがあり、まる1日のテストに参加できるので、これが役に立つと期待していました。でも、物事は期待どおりにはいきません。チームメイトのグレアム・レイホールと僕はプログラムを分担したため、クルマのセットアップは180度異なりました。僕は後ろから2番目だったのでかなり難しい1日でしたが、この日は役に立つデータが手に入りました。少なくとも、そっちの方向に行くべきではないということが明らかになったのですから」 誰もが知るとおり、ラグナセカはクラシック・サーキットと呼んで間違いない。「とてもエキサイティングで、ものすごくチャレンジングで、ハイスピードコーナーが数多くあります。ただし、路面のグリップが非常に低いので、レーシングラインは一本しかありません。有名なコークスクリューは驚くほどダイナミックなコーナーですね。ブレーキングを始めるのは、まだ右に向きを変えながら丘を登っている途中。そこで最初のエイペックスが初めて目に入って、2番目のエイペックスに対して正しい位置関係になるようにクルマを着地させないといけないのです! ここでドライバーがショートカットするのを防ぐため、コース管理者は追加の縁石を設置しましたが、これはいささか高すぎました。そこで彼らにこれを取り去ってしまうか、少し平らにして欲しいと依頼しました。けれども、作業の準備をする過程で路面がバンピーになってしまい、ほとんどドライブできない状況になります。ここでミスすれば0.1秒を失うのは簡単で、ひょっとしたら0.25秒ほど遅れるかもしれないので、とてもトリッキーです。それでも、このコースを攻めるのは本当に楽しいですね」 金曜日になると状況は好転し、No.30は最初のプラクティスで18番手、2番目のプラクティスで12番手となり、ウォームアップでは5番手となった。「走るたびに僕たちはよくなっていきました。そして予選直前にはかなり速いスピードを引き出せるようになりました。予選がとても楽しみでしたが、気温が上がった影響で僕たちのスピードは伸び悩み、0.04秒届かずに第2セグメントに進出できませんでした。これはとても残念でしたね」 実際、琢磨は予選グループでチームメイトのレイホールに続く8番手となる。ただし、フェリックス・ローゼンヴィクストがペナルティを受けて7番手に降格された結果、レイホールは第2セグメント進出の権利を手に入れる。いっぽうの琢磨は16番グリッドからのスタート。追い抜きが難しいコースでは、これが大きなハンディキャップとなるのは間違いない。そこで、レース戦略に望みをかけることにした琢磨は硬めのブラック・タイアを履いてスタートに臨む。第2スティント以降はレッド・タイアで走りきる作戦だ。ちなみに、琢磨と同じブラック・タイアを選んだドライバーは全部で3人。そのなかにはウィル・パワーも含まれていた。 「レッド・タイアのほうがグリップ力が高くていいことはわかっていました。ラグナセカは信じられないほどオーバーテイクが難しいので、どのドライバーもスタートで少しでも前に行きたかったのでしょう。ほとんどのマシーンがレッド・タイアでスタート。これは3ストップ戦略であることを意味します。でも、僕たちは2ストップでも走りきれると考えていました。ただし、スタートの時点までは天候の行方がわからなかったので、ラップタイムに関してはターゲットを設定して燃料をセーブすることにしました」 スペンサー・ピゴットをパスした琢磨は15番手でオープニングラップを終えたが、やがてピゴットに抜き返されたのに続いてマルコ・アンドレッティの先行も許し、17番手に後退。「そこで僕たちは10ラップ目という早い段階でブラック・タイアに見切りをつけ、新品のレッド・タイアに履き替えました。これでペースを上げようという作戦です。僕がピットに入ると多くのドライバーが続いたので、僕たちは正しい戦略を選択したと思いました」 事実、ここから琢磨は順位を上げ始める。最初のピットストップが一巡したところで琢磨のポジションは13番手。続く第2スティントでは、コース上でマックス・チルトンとアンドレッティのふたりを攻略する。2回目のピットストップが終わったとき、琢磨のポジションは11番手。最後となる第3スティントが近づいたころ、ターン2でアンドレッティをパスしようとしていたコナー・デイリーが縁石にタイアをひっかけてスピン。このレースで唯一となるイエロー・コーションを招いた。レースがグリーンになると、サンティノ・フェルッチがブレーキングでコントロールを失い、琢磨をスピンに追い込む。No.30はダメージを負うとともに最後方の21番手に転落した。 「そのとき、僕は11番手でグレアムを追い上げていました。僕たちはいい戦略を選択していて、フィニッシュまでレッド・タイアで走りきることができました。とても順調でしたが、そこでイエローになります。そしてリスタートでサンティノが僕に追突したのです。彼は『ブレーキングが間に合わなかった』といって謝りにきたけれど、それでも……。本当に悔しい結末でした。マシーンはボディワークにダメージを負っていて、これで数百ポンド(1ポンドは454g)のダウンフォースを失いましたが、そのままいけばトップ10でフィニッシュできそうでした」 琢磨は再び集団を追い上げ始めた。その過程で、琢磨はマテウス・ライスト、ザック・ヴィーチとともにコークスクリューで3ワイドになり、ごく軽く接触するシーンも見られた。最後のピットストップが一巡したとき、琢磨は16番手まで挽回していたが、ここからレースは意外な方向に展開していく。フェルッチと接触した後遺症により、この後、2度のピットストップを余儀なくされたのだ。 「何周か走ると、ステアリングが異常な反応を示すようになりました。コークスクリュー後の右コーナーであるターン10で、操舵角が急に20度も増えたのです。サスペンションに問題があることは明らかでした。最終戦はダブルポイントなので、ここまで頑張ってくれたメカニックたちのためにも、是非ともフィニッシュしたいと考えていました」 「コーナリング中は問題ないのですが、ストレートではマシーンがどちらに進むかわからない状況でした。真っ直ぐ走らせるのが本当に難しくて、ずっとステアリングと格闘していました。ステアリングにトラブルが起きた場合のリスクに備えていましたが、それほど深刻な状態ではなかったので、とにかくフィニッシュしたいと願っていました」 「上り下りの激しかった今シーズンをチャンピオンシップのトップ6で終えられれば僕は満足でした。すでにポールが2回、優勝が2回で、その他にも2度表彰台に上っていたのですから……。素晴らしいシーズンだったといって間違いありません」 しかも、ラグナセカのレースウィークを迎えた段階で、2020年も琢磨がRLLRに残留することが 発表された。つまり、琢磨はシーズンオフを日本のメディアやファン向けイベントのために費やせるのだ。そしてもうひとつ、琢磨が校長を務める鈴鹿のSRSにも顔を出すことができる。SRSは、日本の子供たちがフォーミュラーカーやカートについて学ぶレーシングスクールである。 「ボビー・レイホール、デイヴィド・レターマン、マイク・ラニガンの3人に心からお礼を申し上げます。そして、本当に信じられないくらい素晴らしい働きぶりを見せてくれたメカニックたちにも。チームの雰囲気は最高です。スポンサーやファンの皆さんにはいつも感謝しています。今年も皆さんから素晴らしい応援をいただきました。今年は長い冬になりますが、この間に、来季の僕たちの活躍を後押しする数多くの分析や開発が行なわれることでしょう」 written by Marcus Simmons |