COLUMN |
昨年、久しぶりに開催されたインディカー・シリーズのポートランド戦。佐藤琢磨は、オレゴン州のトリッキーなロードコースにおけるペースが際立って速かったわけではないものの、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)の目の覚めるような戦略を駆使してその栄冠を掴み取った。今年、琢磨とグレアム・レイホールのコンビは去年よりずっとコンペティティブだったが、1周目に起きた不運なアクシデントにより2台のダラーラ・ホンダは戦線離脱。このうち、レイホールはその場でレースを終えたいっぽう、琢磨は長いピットストップによって2ラップ遅れとなりながらも15位でフィニッシュした。
その前の週に琢磨がセントルイスのゲートウェイで優勝したこともあって、チームの雰囲気は上々。金曜日に2回行なわれたフリープラクティスを、琢磨はいずれも10番手で終えていた。12ヵ月前より明らかにいい滑り出しである。「去年よりも調子は良好で、クルマにも満足していました」と琢磨。「ベースセットアップは去年と同じものですが、僕たちがいちばん速かったわけではないので、これを改良する必要がありました。最初のプラクティスは、特別いいとまでは言わないものの順調でした。いつものようにポートランドは大変な接戦になりました。それでもプラクティス中に僕たちが記録したタイムはほとんどがコンペティティブなものでした」 「2回目のセッションは特段変わったこともなく、ブラック・タイアとレッド・タイアの両方を試しました。去年のレースで僕たちが抱えていた問題は、他のチームに比べてブラック・タイアとレッド・タイアの差があまり大きくない点にありました。今年、僕たちはこの点でも改善を果たしたので、いい初日になったと考えていました」 この日の最後にはウォーム・アップ・セッションが実施された。インディカー・シリーズは2019年よりウォームアップ・セッションを日曜日の朝ではなく金曜日の遅い時間帯に行なう決定を下したが、これによって一種のねじれ現象が起きた。これまでウォームアップ・セッションでは誰もが決勝レースのセットアップに注力したが、新しいスケジュールでは予選の準備を行なう者も現れたのだ。こうしたなかで琢磨は20番手となったのだから、この結果を鵜呑みにするわけにはいくまい。「多くのドライバーが燃料を減らし、新品のレッド・タイアを履いて走行したのに対し、僕たちは燃料をたっぷり積んでロングランをしました。その結果、比較的コンスタントなラップタイムを記録できました。ロングランに自信があったので、トップ6に入れるクルマだと捉えていました」 土曜日に行なわれた最後のフリープラクティスも琢磨たちを勇気づける内容だった。タイミングスクリーン上における琢磨の順位は12番手。実際には、それよりもずっと速いタイムを記録したのだが、これはフィニッシュ直前にレッドフラッグが提示されたため無効とされたのだ。「ここでも僕たちは改善に成功しました。タイアのパフォーマンスをフルに引き出すため、さらに努力しなければいけない部分が残されていたのは事実です。去年は暑くなるとスピードが損なわれました。今年はそうならないことを期待していましたが、結果は去年と変わりませんでした」 予選でそのことが証明される。琢磨は強敵が多い予選グループから第1セグメントに挑んだのだが、わずか0.0246秒届かずにトップ6に残れず、第2セグメントに進出できなかったばかりかグループ内の9位に終わったのである。ギリギリの6番手で通過したのはザック・ヴィーチで、シリーズリーダーのジョセフ・ニューガーデンとレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはヴィーチと琢磨に挟まれる格好となった。この4名のタイム差は、クルマの長さに換算するとわずか半車身分に過ぎなかったというのだから驚く。「今回も最大限のパフォーマンスを発揮できませんでした。マシーンはコンスタントでしたが、予選で必要なギリギリの性能を引き出せなかったようです。これは非常に残念です。ファイアストン・ファスト6に残るのは難しいかもしれないと思っていましたが、トップ10は不可能ではなかったはずです。だから、17番グリッドという結果は本当に残念なものでした」 しかもレイホールは15番手で、RLLRはスタート直後の大混乱に巻き込まれる集団のど真ん中に2台を並べることになった。ポートランドはストレートが恐ろしく幅広いものの、最初のシケインに向けてコース幅は急激に狭くなっていく。ここでレイホールはヴィーチと接触し、多重アクシデントの原因を作ったとして多くの非難を受けることになる。さらにこの影響で、コナー・デイリーとマティウス・ライストが琢磨のマシーンの両側に接触したのである。 「僕たちは自信を持っていました。去年のレースを再現すべく、今年も2ストップ戦略を選びました。ただし、多くのドライバーが同じことを考えていたようです。なにしろ、ほとんどのドライバーがスタート時にブラック・タイアを装着していたのですから」 「フロントストレートはとてもワイドなのに、その先のシケインはものすごく狭くなるため、いつもここでアクシデントが起きます。僕は注意してスタートしたところ、白煙が目に入り、前方で5ワイドになっていることに気づきました。アクシデントを見た瞬間は、目の前にチームメイトがいて、マシーンはこのまま停止すると予想していたのに、それらはコースを横断するようにして動き続けました。最初、僕は左に進むつもりでしたが、マテウスがアウト側からチャージしてくるのが見え、彼はそのままコーナーに進入していくように思えました。ここで彼とサイド・バイ・サイドになったので、僕にはなにもできません。できるのは真っ直ぐ進むことだけです。またもや不運な状況に陥ったようです。やがてマテウスはシケインをショートカットする決断を下しますが、僕もそれと同じすることをするにはタイミングがやや遅すぎました。コナーとグレアムは僕のほうに向かってきて、コナーが僕に接触。ここでマシーンの左側にダメージを負いました。このときはそれほど深刻なダメージとは思いませんでしたが、接触した角度がよくなかったようです。マシーンはまるで曲がらなくなりました」 続くコーションで琢磨はピットイン。しかしマシーンの修復に2周分の時間を要してしまう。「メカニックたちは右リアのトーリンクを交換して本来の状態に戻そうとしましたが、これ以降、クロスウェイトとトーが本来の状態ではなくなってしまったようです。もっとも、最大のダメージはサイドポッドで、ここに大量のガムテープを貼っている間に2周遅れとなりました。ショートオーバルと違って、周回遅れから挽回するのは極めて困難です。できることといえば、全力で走り続けることと、気持ちを強く持ち続けるくらいしかありません」 これで琢磨は19番手に後退。ほどなく、ライアン・ハンター-レイがジャック・ハーヴェイと接触したため、17番手に浮上する。レース半ばまでには、スコット・ディクソンがトラブルを抱えてピットに長居した影響で琢磨は16番手となっていた。レース終盤にはサンティーノ・フェルッチがピットストレート上で停止したため、琢磨は15位でフィニッシュした。 「僕は懸命にレースを戦いました。2ストップ戦略では燃料をセーブする必要がありますが、2ラップ・ダウンとなっていては燃料をセーブしても意味がありません。そこで僕は全力で走り、周回遅れにされたマシーンを追い越し、コース上の順位を上げようとしました。もしもイエローが出ていたら、周回遅れから脱することができたかもしれません。今回重要だったのは、ポイントテーブルで6番手を争っているライアンよりも前でフィニッシュできたことでしょう」 それにしてもマシーンにダメージを負ったのは不運だった。なぜなら、この影響でチームはマシーンのセットアップを評価できなくなったからだ。それでも琢磨は挽回を試み、RLLRはダブルポイントとなるために極めて重要な最終戦ラグナセカに備えて可能な限りのテストを行なったのである。「本当のペースがわからなかったのは残念です。グレアムはターン1でレースを終えたのですから、なおさらです。サイドポッドにダメージを負った影響で、僕のマシーンは数百ポンド(1ポンドは454g)ほどのダウンフォースを失っていました。マシーンのバランスはよくなく、これを改善するためにフロント・ウィングのダウンフォースを減らさなければいけませんでした。こちらもラグナセカに向けた準備の一環としてブラック・タイアを試す必要もありました」 いずれにしても、昨年は栄冠を掴み取ったこのコースで落胆すべき1日を過ごしたことは事実である。「去年の優勝は僕にとっても特別なもので、今年は大声援を受けました。セントルイス戦が終わってから、僕はメディアツアーとしてLAとポートランドを2日間ずつ訪れ、素晴らしいひとときを過ごしました。というのも、たくさんの人たちがセントルイスでの栄冠を祝福してくれたからです。しかも、僕はディフェンディング・ウィナーとしてポートランドに向かうことになる。僕が受けたインタビューはどれもとてもポジティブなもので、とても有意義でした。セントルイスでは半日としてゆっくりしていられませんでしたが、僕はやる気満々で、チームの士気も高い状態でした!」 ありがたいことに、久々にインディカー・シリーズが開催されるラグナセカに向かうまでにはちょっとした時間の余裕がある。チャレンジングなことで知られるカリフォルニアのロードコースで、琢磨はポイントスタンディングの6位を確固たるものにすることを目指している。これは、インディカー・シリーズおける琢磨のベストリザルトとなるものだ。同じく6番手を争っているライバルとしては、ハンター-レイ、フェリックス・ローゼンクヴィスト、そしてレイホールが挙げられる。「ラグナセカでレースを戦った経験があるのは、かつてのチャンプカー時代に参戦していたドライバーか、ジュニア・カテゴリーで戦ったことのあるドライバーのいずれかです。このレースが本当に楽しみです。ラグナセカは世界でもっとも素晴らしいコースのひとつで、とりわけその高低差とコークスクリューが見物です。いいレースになることを期待しています」 written by Marcus Simmons |