COLUMN |
インディカー・シリーズのアイオワ戦を迎えても佐藤琢磨の不運は続いていた。シーズン半ばの悪いジンクスがそのまま残っているかのように、琢磨が上位フィニッシュする好機は周回遅れのドライバーによって奪われた。そして、このときの接触でマシーンにダメージを負ったため、琢磨は最終的にレースをリタイアしなければならなくなる。「いま必要なのは幸運ではありません。不運をなくすことです」と琢磨。「(6月上旬の)デトロイト以来、僕は毎回のようにトップ5を走行していながら、決まって不運に見舞われてきました」
チームの努力もあってNo.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダは好調だった。もっとも、金曜日に行なわれた1時間のプラクティスは14番手に終わったので、あまりよくない状況に思えても不思議ではない。「アイオワのレースをいつも楽しんできました。インディカー・シリーズで初めてポールポジションを獲得したのがアイオワだったので、このコースには特別な思いがあります」 琢磨が続ける。「とてもユニークでアイコニックなショートオーバルです。1ラップは19秒ほどで、そのうちの10秒から12秒ほどは5Gを超える加速度を受けます。これまでにもアイオワでは何度かいいレースがありましたが、残念ながらいい結果を残せたことはありません。去年もあと一歩で優勝するところだったので、大きな期待を抱いてアイオワにやってきました」 「ベースセットアップは去年と同じものを用いましたが、タイアには毎戦必ず細かな修正が入るので、昨年のセットアップのままではタイヤにマッチしません。アンダーステアがかなり強くて、グリップ・レベルは大幅に下がっているように感じられました。ひょっとすると、これは気温と路面温度のせいだったかもしれなせん。プラクティスの際は熱波に襲われ、路面温度は115〜120?(約46〜49℃)まで上昇しました! このためタイヤのグリップが低下し、デグラデーションも激しくなりました」 「たった1時間のセッションで多くの作業をこなさなければいけなかったので、ピットレーンではサスペンション・ジオメトリーも変更できませんでした。通常、プラクティス中に予選のシミュレーションも行ないますが、その時間もありません。ニュータイアを装着したものの、このときはトラフィックに見舞われたうえにマシーンも扱い易い状態ではありませんでした。それでもペンスキーはこの段階で17.9秒台に入っており、その速さは圧倒的でした」 こうした状況にもかかわらず、金曜日のプラクティス後に行なわれた予選で、琢磨は2周の平均ラップタイムで4番手に食い込んでみせた。これはペンスキーの3人に続く成績で、素晴らしいとしかいいようがない。「自信はありましたが、心配もしていました。なにしろ、たった2周ですべてを出し切らなければいけないのです。しかもターン1の進入速度は190mph(約304km/h)。本気で挑まなければいけません。アウトラップは順調で、とにかく予選の戦いに集中しました。1周目の走りには心から満足できたので、『OK、次はもう少しプッシュしても大丈夫』という感触を掴みました。ところが、残念ながらターン1の進入はやや限界を越えたようで、右フロントタイヤのグリップが抜けてしまいます。さらにターン2の進入では追い風を受け、ノーズがイン側を向いてくれません。それでも、走行を終えた時点では僕がトップで、ペンスキーの3人だけが僕を追い越していきました。結果としてホンダ勢トップだったので、この成績を誇りに思ってもいいはずですが、ペンスキーの3人に割っては入れなかったことは残念です」 最後のプラクティスは18番手に終わったが、これはレースに向けたいい流れをカモフラージュする役割を果たした。「エンジニアたちがセッティングを変えて、僕たちは大きく前進しました。最後はとても満足できました。昨年のアイオワは3ストップ・レースでしたが、新しいタイアは最初の10〜15ラップで高いパフォーマンスを発揮した後、急激に性能が低下します。このため、7セットのニュータイアをレースのために残しておくことにしました。この影響で最後のセッションはニュータイアを使わなかったので、タイムが伸び悩んだように見えたのです」 土曜日の決勝か迫ってくると天候が荒れ始め、スタートはディレイとされた。「そろそろドライバー紹介が始まるところでしたが、雷鳴が轟いたので全員が退避しました。消化にかかる時間を考慮して、僕たちはレースの2時間前に夕食を済ませておきますが、ディレイは3時間から4時間に及びました。そこでもう1度夕食を摂り、少し寝て、マッサージとウォームアップも2度ずつ行ないました! 最終的にレースは午後11時のスタートとされました。夜遅くまでサーキットに残ってくれたファンの皆さんには感謝しかありません。それでも観客席に90%近いお客様が残っているのを見たときは感動しました」 そしてスタートのときがやってきた。フルコーションでスタートを切ったのに続き、本格的な競技が幕を開けた。すると琢磨はただちにジョセフ・ニューガーデンとサイモン・パジェノーを攻略。ペンスキーの残るドライバーは、琢磨の友人でもあるウィル・パワーただひとりとなった。「最高でした! スタートが延期されている間に路面温度が大幅に下がり、ダウンフォースが200ポンド(約90kg)増えることが見込まれたので車高を再調整しなければいけませんでした。セットアップに関しては予想できない部分もありましたが、『OK、自分たちにできることはすべてやった』と考えていました」 「僕はすぐに上位に進出しました。ジョセフとサイド・バイ・サイドを演じ、直後のターン3からターン4でサイモンをアウトからパスしました。スタートがうまく決まって勢いがあったので、いい夜になりそうな予感がしました。けれども5周を過ぎるとアンダーステアがひどくなってウィルについていけなくなり、さらに2台のペンスキーにも抜かれてしまいます。ペースの点では少し遅れをとっているようでした」 やがてセイジ・カラムがスピンしたのに続いてフェリックス・ローゼンクヴィストと軽く接触し、イエロー・コーションとなる。ただし、レースが再開してからも琢磨の状況は悪くなるばかりだった。「いちばん下のレーンはターン1からターン2にかけてとてもバンピーなため、2番目のレーンを走行しなければいけません。ターン3とターン4ではどこでいちばん下のレーンに入ってもマシーンは不安定な挙動を示しますが、2番目のレーンではひどいアンダーステアになります。このまま300ラップ走り続けられるかどうか、僕は心配でした。とにかく落ち着きの悪いマシーンだったのです! その後、霧雨が降り始めたのでレースは中断とされました」 この時点では、レースは明日に持ち越しになると誰もが予想していたようだ。ところが、実際にはそうならなかった。続けてもう1度、雨でディレイになった後でレースは再開。ペースカーが先導している間に全ドライバーがピットストップを行ない、ほどなくグリーンが提示された。このピットシーケンス中に琢磨はアレクサンダー・ロッシの先行を許したものの、再スタートで抜き返すと4番手に返り咲いた。続く35ラップはこの順位を守り抜いたが、やがてどんどん苦しい状況へと追い込まれていく。そして次から次へと追い越され、次のピットストップを早めに行なう決断を下すまでの間に琢磨は12番手まで後退したのである。 「コーション中にタイアの空気圧とフロントウィングの角度を調整しましたが、これはどのドライバーにとっても同じことです。とにかく順位を守れませんでした。30ラップか40ラップを過ぎるとマシーンのコントロールで苦しむようになったので、どこまで走り続けられるか確認することにしました。デグラデーションの様子から作戦を5ストップに切り替えましたが、実際のところ、これがもっとも速いレース戦略でした。僕たちは短いスティントをつないでいきましたが、これは大成功だったと思います」 25周目に上位陣がピットストップを行なうと琢磨は2番手へと躍進する。「古いタイアとニュータイアでスピードは驚くほど変わりました。まるで高速道路で遅いクルマを追い越すように、ライバルたちをオーバーテイクできたのです! 僕たちは次々と順位を上げ、とうとう2番手まで駒を進めました。これを続けていたら、イエローが入るタイミングによって最悪の結果に終わることもあれば、さらなる幸運を掴むこともあったでしょう。どちらにしても、とても面白い夜になりそうでした。ニュータイアを履いたウィルがパスしていきましたが、僕は4番手に対して大きなギャップを保っていました」 3回目のピットストップを終えた琢磨は4スティント目に突入。ここで先行する上位陣がピットストップするまでは一時的にラップダウンとなった。悲劇が起きたのは、このときだ。「僕がウィルに近づいたとき、彼はちょうどライアン・ハンター-レイをオーバーテイクしようとしていました。その直前になって、ウィルは進路を変えてひとつ上のレーンに移動しました。これ自体は何の問題もありません。ところが、比較的新しいタイアを履いていたにもかかわらず、これでダウンフォースを失ったため、僕のラインはアウト側にふくらみ、グレイの部分に近づいていきます。僕自身はすべてをコントロールしていましたが、それでもスピードが低下するのは避けられません。ところが不運なことに、後方からかなり速いペースでセイジ・カラムが近づいてきたらしく、彼に追突されてしまいます。僕は一回転してレースを続行しましたが、タイアにはフラットスポットができていました。とても苦しい状況です」 これに続いてコーションとなったところで琢磨はピットストップ。コースに戻ったときには周回遅れの18番手で、上位争いからは完全に脱落していた。とはいえ、オーバルレースではなにが起きるかわからない。ところが、琢磨のマシーンは深刻なダメージを負っていたのだ。「少なくないマシーンをパスしましたが、ディフューザーを痛めていることは明らかでした。1000ポンド(約450kg)ほどのダウンフォースを失っていたようで、まともに走り続けられない状況でした。2、3秒ほどペースが落ちていたはずです」 やむなく、琢磨は再びピットに入った。「メカニックたちがマシーンのリアをチェックしたところ、アンダートレイが壊れていることがわかりました」 これで琢磨はレースを終えることになる。 アクシデントに遇った時点では、ほかのドライバーがピットストップを行なえば琢磨は再びトップ2に返り咲くことが見込まれていた。またもや好成績のチャンスを失ったのか? 「そうだと思います。少なくともリードラップにいれば……。そして僕たちは実際にリードラップで走っていました。スコット・ディクソンを見てください。彼のペースもあまりよくありませんでしたが、最後の24ラップでニュータイアを装着すると、彼はトラフィックを掻き分けるようにして順位を上げていきました。僕たちも同じようなことができたはずです」 シーズンのこの時期は次々とレースが開催されるので、悲運を嘆いている暇はない。次戦は豪快なコースレイアウトのミドオハイオ・ロードコースで開催される。「まったく満足できない状況ですが、次のレースはうまくいって欲しいと期待しています。ミドオハイオは、チームのボスであるボビー・レイホールのホームレースで、僕の大好きなコースでもあります。この勢いを保つことができれば、風向きを一変できるでしょう」 written by Marcus Simmons |