RACEQUALIFYINGPRACTICE
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Rd.11 [Sun,14 July]
Toronto

晴天の霹靂
 あと17周走り続けていたなら、佐藤琢磨はインディカー・シリーズのトロント戦で5位入賞を果たしていただろう。いや、4位だったとしても不思議ではない。けれども、琢磨が操るNo.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダはピットに辿り着いたところで炎に包まれ、そこで琢磨のレースも幕を閉じた。カナダでの好成績は幻と消えたのだ。
「ものすごく残念です」と琢磨。「メカニックたちが素晴らしい仕事をしてくれたのに、ひどい不運に見舞われました。僕たちは力強く、そして順調に走行していました。ただし、モータースポーツで起こるメカニカル・トラブルばかりはどうしようもありません」

 トロントの直前、琢磨はイギリスで行なわれたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードに参加し、1988年のF1グランプリでチャンピオンに輝いたマクラーレン・ホンダMP4/4を操るチャンスに恵まれた。まだ小学生だった琢磨は鈴鹿サーキットでアイルトン・セナとアラン・プロストの戦いを目の当たりにしているだけに、彼にとってはまさに貴重な経験となったことだろう。「ゴージャスな週末で、懐かしい友人ともたくさん会いました。ファンの皆さんは僕がF3に乗っていた頃やF1、さらにはインディ500のときの写真などを持っていました。MP4/4は本当に美しいマシーンでした。当時のホンダF1としては最後のターボカーですが、ドライバーだったら誰もが運転したいと思う1台です。アイルトンのシートに腰掛け、そのペダルやステアリングに触れて特別な気分を味わいました」

 トロントでのレースに話題を戻すと、その滑り出しはややトリッキーなものだった。金曜日に行なわれた2回のフリープラクティスで琢磨は9番手のタイムを記録したものの、2回目のフリープラクティスでは3周目にターン11のウォールに接触して走行を終えた。「去年のトロントではマシーンがとても強力だったので、今年もそのセッティングをベースにすることにしました。ただし、チームメイトのグレアムは2019年のセットアップです。ところが、ふたりともまったく満足できませんでした。今年はタイアが変わっていたのです。信じられないような接戦になるインディカー・シリーズでは、タイヤの仕上がりで勝敗が決まるといっても過言ではありません」

 「トロントはとてもバンピーなコースですが、いちばんの難しさは路面が次々と変わることにあります。ひとつのコーナーのなかでコンクリートからアスファルトに変わることもあるため、マシーンのフィーリングは予測できません。しかも、今年は路面の材料がもうひとつ増えていたのです。それはエポキシ・レジンと呼ばれるゴムに似たもので、コンクリートとアスファルトの間を埋めるのに使われます。コースを歩いてチェックしたときにはほとんど注意を払いませんでしたが、ターン11ではプラクティス中に僕を含む多くのドライバーがスピンしました。このコーナーはまるでコークボトルのようで、とても狭く、入り口ではアンダーステアなのに出口ではスナップオーバーとなり、しかもエポキシ・レジンのせいでタイアのグリップが低下します。僕もここでスピンしましたが、その代償は大きなものでした。ウォールと接触してサスペンションアームを曲げてしまい、早い段階でプラクティスを終えることになりました。このためレッド・タイアを試せなかったのです」

 土曜日の午前中に行なわれたFP3を琢磨は18番手で終える。さらにセバスチャン・ブールデとの対立があったにもかかわらず、流れはいい方向に向いていったという。

 「マシーンは少しずつよくなっていきました。ただし、フライングラップを走ろうとするたびにトラフィックに行く手を阻まれたりレッドフラッグが提示されました。予選に向けて少しポジティブな感触を掴んでいましたが、セッションの最後にセバスチャンとの事件が起きました。どうして彼がそんなことをしたのか、僕には想像もできません。残り数分で赤旗が提示された後、インディカー・シリーズはいつものようにフライングラップで1周走るチャンスを僕たちにくれました。また、これは一種の紳士協定なのですが、ピットアウトしたときのポジションを僕たちは常に尊重します。僕のピットボックスは5番目で、僕より前のドライバーはあまり多くありません。直前を走っていたのはジョセフ・ニューガーデンで、彼はウェービングをしてタイヤをウォームアップしていました。そこで僕も同じことをしました。ところが、ミラーに映っていたセバスチャンが僕を抜かしていったのです。それだけでもムッとしましたが、続いて僕を壁際に追いやっていきました。これはまったく必要のないことです。その後のターン5で彼はブレーキを思いどおりに操作できなかったのか、ジョセフに追突。彼はマシーンを停めましたが、このときなにを考えたのでしょうか? これでほかのドライバーもアタックをできず、困惑していました」

 「彼のピットボックスは本当にすぐ近くだったので、ここで注意しなければ危険で無意味な行為を繰り返すかもしれないと考えました。そこで僕は『いったい何がしたいんだ?』と訊ねました。けれども、僕たちはヘルメットを被っていたので何を言っているのか聞こえなかったらしく、彼は突然怒り出しました。セバスチャンは僕を押したりし始めたのです。まったくバカげています。インディカー・シリーズも彼の行為をとても不満と捉えているようです。ペナルティこそ下されませんでしたが、どのドライバーも『次はいったい何をしでかすんだ?』と考えています。ただし、レース中の彼はプロフェッショナルらしく振る舞っていました」

 このような事件があったにもかかわらず、琢磨は自分の予選グループで5番手となって第2セグメントに進出し、ここで10番グリッドを手に入れた。ファイアストン・ファスト6には手が届かなかったものの、この週末の幕開けを考えればよくリカバーしたというべきだろう。「もちろん予選結果には満足していませんが、それまでの困難な状況を考えれば力強い結果だったといえます。チームは全力で挽回を試みるとともに持てる力を振り絞りましたが、十分早かったとはいえません」

 琢磨はウォームアップで9番手。レッド・タイアでロングランを行なったところ、マシーンのバランスが改善されたので、レースに向けて期待が持てる展開だった。オープニングラップで状況はさらに好転し、琢磨はスペンサー・ピゴットをパスすると、マルコ・アンドレッティとサイド・バイ・サイドを演じた末に攻略。さらには土曜日に一悶着あったブールデをオーバーテイクするチャンスも垣間見えた。「1周目はとてもよかったですね」 8番手までポジションを上げた琢磨はそう振り返った。「ターン1ではいつも慎重になりますが、ここで僕は5ワイドになりました! でも、ここはスムーズに立ち上がっていきました。ターン3からターン5まではいつもどおり少し混乱しましたが、インディカー・シリーズに参戦するドライバーのレベルはいまやとても高くなっています。ものすごい接近戦でしたが、本当に素晴らしいバトルになりました!」

 とはいえ、同じオープニングラップでは後方を走るドライバーたちがターン11で多重アクシデントを起こしてイエローコーションとなる一幕もあった。そうしたマシーンの処理が終わると、一部のドライバーは早めのピットストップを行なってさらに順位を落とすケースもあったものの、グリーンが提示されてレースは再開。12周目のターン3では琢磨が美しい動きを見せてセバスチャン・ブールデを攻略すると7番手に浮上した。さらに上位陣がピットストップを行なった18周目に琢磨は一時的にトップに立つ。今回も燃費がよくタイアに優しい走りに徹した琢磨は19周目にピットストップを行なった。「ターン3でセバスチャンのインに飛び込むチャンスを手に入れました。あれは完璧なオーバーテイクでしたね。とても楽しいスティントでした。ただし、レッド・タイアのデグラデーションが激しいことは明らかだったので、いかにそれを持たせるかの勝負となりました。その点でも、最後にピットストップした僕たちは有利だったといえます」

 ピットストップでフェリックス・ローゼンクヴィストとエド・ジョーンズのふたりを出し抜いた琢磨は、見かけ上の順位は10番手だったものの、これはコーション中に早めのピットストップを行なったドライバーが先行していたためで、実質的には5番手だった。そうしたドライバーのひとりであるセイジ・カラムを易々と抜き去ると、そのほかのドライバーも34ラップまでに次々とピットストップ。No.30は本来のポジションである5番手となった。この後、ローゼンクヴィストと短くも目まぐるしいバトルを繰り広げることになる。「ターン5ですぐに彼を追い抜き返しました。とてもクリーンでいいバトルだったので、僕にはなんの不満もありません」

 2回目のピットストップを終えても琢磨は5番手につけており、驚くべきドラマが起きたときはニューガーデンの直後を追走していた。「僕はいつもジョセフの後ろを走っているような気がします。その差は1秒だったり1.5秒だったりしますが、どうしてもギャップを詰められません。ただし、タイアがデグラデーションを起こしたり、ちょっとしたミスでもすれば、彼にチャレンジできたでしょう。それでも、すべてがコントロールされているようでした。やがて路面にラバーが乗ってグリップが高まると、僕たちのペースは次第に上がっていきました。僕はものすごい勢いでジョセフを追い上げましたが、マシーンが停まる3周前になるとペースががっくりと落ちました。なにが原因か、まったくわかりませんでした。タイアがスライドするようになったので、この点でペンスキーのマシンのほうが有利なのかもしれないと思いました。どうにかこれをコントロールしましたが、次第にパワーが落ち込んでいきました」

 「そしてヘアピンで思いがけないことが起きます。ターン5、ターン6、ターン7ではまるでトルクがなく、エグゾーストから炎が吹き出している様子がわかりました。ただし、もしもここでマシーンを停めれば、一瞬のうちに炎に包まれてしまうのは明らかです。ターン8でエンジンは息絶えてしまいましたが、ピットボックスまで戻る惰性はありそうです。ピットに戻ると火の勢いがわっと強まりました。なんて残念なことでしょう。作戦は僕たちが思い描いていたとおりに進行し、タイア・マネージメントもうまくいって、僕たちは5番手につけていました。しかもジョセフはウォールと接触したので、4番手争いにもチャレンジできたはずです。本当に不運としかいいようがなく、悔しい気持ちを味わいました」

 1週間後に開催される次戦はアイオワ・スピードウェイが舞台。「今後のレースは楽しみなサーキットでの開催が続きます。インディカー・シリーズはとてもコンペティティブですが、次戦では強力なマシーンを仕上げていいレースを繰り広げたいと思います」

written by Marcus Simmons
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