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Rd.6 [Sun,26 May]
Indianapolis 500 Mile

地獄から天国へ
 インディ500では何が起きるかわからない。佐藤琢磨は2019年のレースでそのことを証明したといっていい。なにしろ、最終的に3位でフィニッシュしたものの、右リア・ホイールのトラブルにより一時はほぼ2ラップ・ダウンの31番手まで後退していたのだ。No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダは、今回、メインスポンサーのMi-Jackに敬意を表し、1回限りのレトロなカラーリングが施されていたが、レースが残り1/4となる直前にリードラップに返り咲き、琢磨を3位表彰台へと導いたのである。これで琢磨はシリーズランキングの4番手に復帰することとなった。

 2週間前のインディGPが終わった翌週の火曜日、インディ500のプラクティスが始まった。この日、琢磨は14番手で、水曜日は17番手だったが、木曜日には2番手と急浮上する。「かつては“マンス・オブ・メイ”と呼ばれ、プラクティスを2週間、続いて予選、それから1週間おいて決勝レースというスケジュールでした」と琢磨。「現在ではプラクティスを3日行なって過給圧を上げるファスト・フライデイに臨むのですから、走行時間はかなり限られています」

 今回、RLLRのレギュラードライバーである琢磨とグレアム・レイホールのコンビに、イギリス人ドライバーのジョーダン・キングがスポットで加わった。今年はヨーロッパでF2に参戦中のキングは、エド・カーペンター・レーシングから2018年インディカー・シリーズのロードコース戦にだけ挑戦した経験を持っている。「彼は若くて才能溢れるドライバーです。グレアムと僕のふたりは、彼と一緒にとてもうまく仕事を進めることができました。ジョーダンを含めた3人で作業をシェアし、大きな前進を果たしたのです。インディではほんのわずかなコンディションの変化が非常に大きな影響を及ぼすので大変です。特に、最初の週はとても寒く、65?(約18℃)ほどでした。おかげでグリップは良好でタイアにデグラデーションは起きず、空気が冷えているためにダウンフォースも大きく、フィーリングは良好でした。もっとも、これは誰にとっても同じこと。僕たちは、最高にハッピーとはいえないものの、まずまず満足で、いくぶん進歩したと捉えていました」

 予選が行なわれる週末に備え、誰もが予選仕様のセッティングで走行するファスト・フライデイで琢磨は3番手タイムをマークした。「それまでより7mph(約11.2km/h)速くなっていて、とてもエキサイティングでした。予選に向けてダウンフォースを減らしていき、227mphとか228mphというかなり速いペースで走行できました。ただし、僕たちのコンペティターたちにはあと数mphほどのアドバンテージがあるように思われました。つまり、期待するほど、もしくは望んでいたほどには速くなかったということです」

 土曜日の予選で、琢磨はRLLRでトップとなる14番手のスピードを記録した。よく知られているとおり、インディの予選は4周の平均速度で競われる。トップ9だけが出走できる日曜日のポール・シュートアウトにはわずかに届かないポジションだが、それでも、33名の出場ドライバーのなかで琢磨が中団の上位に位置していたことは間違いない。「この日は温度が急上昇し、75?(約24℃)か、80?(約27℃)に迫るほどでした。これによって空気が薄くなったためドラッグは減少しましたが、それと同時にダウンフォースも減り、暑い空気にさらされるエンジンにとっても厳しい状況となりました。3周目にはわずかにスロットル・ペダルを戻しました。ターン2で横風が吹いたためで、これでいくぶんタイムをロスしました。僕は、予選で少しでも戻しただけでがっかりしてしまうのです! これにより、このラップの平均速度は0.35〜0.4mph(およそ0.6km/h)ほど低下しましたが、4周の平均では0.1mph(約0.16km/h)の落ち込みとなり、僕の順位には影響しなかったことがわかっています。つまり、たとえフラットアウトで走りきっても、おそらく14位だったのです。純粋なスピードがそれほどでもなかったことには落胆しましたが、グレアムはさらに苦しい状況で、僕たちは前進することが必要なように思われました」

 明けて月曜日のプラクティスでは決勝レースに向けた準備を進めることになる。その後の3日間は走行がなく、ドライバーは取材対応やPR活動に取り組む。そして金曜日にはカーブ・デイがやってくる。レース用のセットアップを煮詰めるべき月曜日は気温が60?(約16?)ほどまでしか上がらず、琢磨は22番手に留まった。「ファイアストンはコンパウンドと構造を見直した新しいフロント・タイアを持ち込んでいました。2018年に導入されたスタンダード・エアロパッケージではダウンフォースが大幅に減少し、オーバーテイクのチャンスは減りました。そこでインディカーとダラーラは2019年に向けてフロント・ウィングの変更を行うとともに、フロントウィングのエクステンション、それに前後ウィングにガーニーフラップを取り付けることを認めます。これに加えてフロントタイヤも新しくなったのです。月曜日は涼しく、このため最大のダウンフォース・レベルにはしませんでしたが、おかげでたくさんのオーバーテイクが見られて盛り上がりました。ただし、大切なのは決勝日の温度がどこまで上がるか、という点にあります。もちろん、それは誰にもわかりません。クルマの状態は問題ありませんでした。ただし、気温が低かったため、誰もがほかのドライバーを追走できました。そのいっぽうで僕たちには心配なことがありました。というのも、トラフィック内でのパフォーマンスがとてもいいとはいえなかったからで、マシーンを改善する必要性を感じていました」

 月曜日からカーブデイ(全車が参加する最後のプラクティス)までの間にマシーンは完全に分解され、そしてリビルトされて一大レースに備える。「カーブデイはとても暑い1日でしたが、それまでと異なるセッティングで臨みました。路面温度は105?(約40.6℃)を超え、気温も80?(約26.7℃)以上で、多くのドライバーが苦しみ始めていました。僕たちもオーバーステアやアンダーステアに見舞われたものの、徐々に強くなっていきます。そしてカーブデイとレースデイの間に最後の微調整を行ない、自信を深めました。自分たちがいちばん速いとはいえませんでしたが、もっとも強力なマシーンの1台にはなっていたからです」 この日、琢磨は3番手のタイムを叩き出した。

 決勝レースが行なわれる日曜日は早朝に雨が降ったものの、やがて美しい天候に恵まれた。「ほとんどのドライバーは最大限のダウンフォースで走行していましたが、僕たちには暑いほうが有利なようです。レースがとても楽しみでした」

 その言葉どおり、最初のスティントで琢磨は力強い走りを披露する。オープニングラップで抜いたジェイムズ・デイヴィドソンには抜き返されたが、マルコ・アンドレッティとマーカス・エリクソンを攻略してポジションを差し引きひとつ上げ、13番手となる。4周目にコルトン・ハータがメカニカルトラブルに襲われると、このレース最初のイエローが提示され、琢磨は12番手となった。やがてグリーンが振り下ろされると、琢磨は古い友人でもあるエリオ・カストロネヴェスをパス。カストロネヴェスとは、琢磨が優勝した2017年のインディ500でもレース終盤に激しい戦いを演じたことが思い出される。「最初のスティントがどうなるかを予想するのは大変です。僕たちにとっては何も問題のないスティントでした。エリオとのバトルは本当に楽しかった! エリオとのサイド・バイ・サイドだったらいつでも大歓迎です。これが11番手ではなく、トップ争いだったら本当はよかったのですが……」

 もうひとつの好材料は琢磨の燃費が良好だったことで、琢磨は誰よりも遅くに最初のピットストップを行ない、このため2周にわたってレースをリードすることになった。「いちばん多く周回したのは僕で、燃費の点でホンダは優れているように思いました。ところが、右リア・タイアの装着でちょっとした問題が起こります。作業がスムーズに進んでいないことはミラーを見て気づいていましたが、僕はメカニックたちを信じるべきだと思いました。ところが、コースに戻る手前のエプロンで僕は違和感を覚えるようになって、ターン3ではあわやという瞬間を経験します。コントロールを失って壁と接触しかけたのです。ただし、幸運にもそうはならずに済みました。その後、もう少しでピットレーンに入るところにきましたが、イン側にはライアン・ハンター-レイがいて、グレアムが後ろに続いていたため、ピットに戻るのを諦めました。おかげで、まるまる1周を走ることになり、その間に10番手くらい順位を落としました。ホイールはヒビが入って壊れていたので新しいタイアに交換し、徐々にリズムを取り戻していきましたが、難しい瞬間でした」

 これで琢磨はラップダウンとなり、31番手で遅いクルマと周回していた。やがてカストロネヴェスとアンドレッティを再び抜き、カイル・カイザーがクラッシュしてこの日2度目のイエローが提示されたとき、琢磨は27番手となる。このときはほとんどのドライバーがピットインしようとしていたため、琢磨がリードラップに返り咲くことはできなかった。ほどなくグリーンになり、琢磨は周回遅れの26番手でレースを再開する。「あまり大きなリスクをとりたくはありませんでした。この段階ではなんのトラブルだったか確信が持てなかったので、まずは様子を見て、やがて徐々にペースを上げていきました」
「カイザーのイエローはラップバックするのに役立ちませんでしたが、チームは戦略面で素晴らしい働きをしてくれました。僕たちは各スティントを2〜3周ずつ引き延ばすことでオフシーケンスに近い状態に持っていき、チャンスがやってきたときにラップバックするのを狙っていたのです」

 次のスティントで大きな事件はなかったものの、グリーン中にピットストップを行なった琢磨はピッパ・マンを攻略して25番手に浮上。そのペースは力強く、やがてラッキーな展開が巡ってきた。上位陣の多くがピットストップを行なおうとしていたときにエリクソンがクラッシュし、イエローとなったのだ。さらに決定的だったのが、このレースで優勝することになるサイモン・パジェノーの燃費が芳しくなかったことで、彼はすでにピットストップを済ませており、コースに復帰したときには琢磨を半周ほどリードしているに過ぎなかったのである。このため、イエローが出てパジェノーに先行していたドライバーたちがピットストップを行なうと、チーム・ペンスキーのフランス人ドライバーが先頭に立ち、琢磨もリードラップに返り咲いたのである。このとき琢磨もピットストップを実施。18番手となって集団の最後尾についた。戦う準備が整ったのだ!

 「ちょっとした幸運ですが、それが必要でしたし、トラブルの不運もありましたから、いわばギブ&テイクというものです。これが、終わるまでなにが起きるかわからないという、インディ500の素晴らしいところでもあります。自分自身とチームのスタッフを信じて走り続ける。ついに、僕はリードラップに戻って列の後方に並び、本当のレースを戦えるようになった。僕は一時、ほとんど2ラップ・ダウンになっていたために、殆どの人は気づかなかったでしょうが、それまでに僕は、どうやってトラフィックのなかでオーバテイクして、タイアがどのように磨耗していき、スティント中に起きるバランスの変化がどうかをずっと確認していました。すべて、リードラップに返り咲いたときのことを考えて準備していたのです」

 ジャック・ハーヴェイとのバトルを終えた琢磨はスペンサー・ピゴットを攻略して17番手となる。間もなく、燃費がよく誰よりも多くの周回数をこなした琢磨は一時的にトップに浮上。最後に提示されたイエローはRLLRにとって功罪相半ばしたが、琢磨にとっては追い風となった。チームメイトのグレアムがセバスチャン・ブールデと接触して多重事故を引き起こし、フェリックス・ローゼンクヴィストやザッハ・ヴィーチが姿を消した。ここで琢磨は大きく順位を伸ばすとともに、燃料のセーブにも成功。赤旗が解除され、レースが残り14周でリスタートとなったとき、琢磨は5番手につけていた。

 琢磨はただちに作戦にとりかかった。200周のレースの188周目にエド・カーペンターをパスして4番手に、続く191周目にはジョセフ・ニューガーデンをオーバーテイクして3番手となる。そこから、トップ争いを演じるパジェノーとアレクサンダー・ロッシに迫っていったが、実質的な優勝争いに絡むことはできず、0.3413秒差でチェッカード・フラッグを受けたのである。
「チームメイトのグレアムにとっては不運なアクシデントとなりました。でも、僕にとってはチャンスです。ここで僕は、自分の持てるすべてを振り絞りました! エドとのバトルは楽しいもので、サイド・バイ・サイドとなった後でアウトからオーバーテイクしました。レース終盤のことで、かなり思い切った判断が必要でしたが、僕にはできるとわかっていました。そしてジョセフをパスし、残るドライバーはトップのふたりだけとなります。けれどもサイモンは非常に速く、たとえ僕が首位に立ったとしても追い抜き返されたでしょうし、ロッシも本当に速かった。できることはすべて試しましたが、それでも追いつけませんでした。それでも、自分たちがいかに難しい状況に直面し、そこでチームがいかに努力したかを考えれば、3位は素晴らしい結果といえます」

 「それにしても、インディ500はなんてものすごいレースなんでしょう! 30万人を越す観客から声援を受けながら戦い、500マイル(約800km)を走りきった3台の差がわずかにコンマ3秒なのですから! チーム・ペンスキーとサイモンには心からおめでとうと申し上げます。そして、ここでもう一度、ボビー・レイホール、マイク・ラニガン、デイヴィド・レターマン、そしてスタッフの全員に感謝の気持ちを伝えたいと思います。エンジニアたちの活躍にも本当に素晴らしいものがありました。2018年は苦戦を強いられましたが、彼らはそこからの躍進を実現したのです」

 続いてはデトロイトのベルアイルで開催されるダブルヘッダーに挑む。今後の意気込みを、琢磨は次のように語った。「これで僕はチャンピオンシップの4番手になりました。シーズンのこの先が本当に楽しみです!」

written by Marcus Simmons
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