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バーバー・モータースポーツ・パークで開催された2019年のNTTインディカー・シリーズ第3戦で佐藤琢磨が圧勝した。それは、これまで琢磨がインディーカーで挙げた3勝とはまるで異なる、完全制覇といって差し支えのない勝利だった。しかも、琢磨は通算8度目となるポールポジションから今回の栄冠を勝ち取ったのだが、彼のバックグラウンドを考えれば信じられないことに、ロードコースでフロントロウからスタートしたのはインディカー・シリーズに参戦して以来、初めてのことという。No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダがトップ争いから脱落するように思えたシーンはレース中一度もなく、琢磨が「信じられないような週末でした。とても嬉しいし、チームのことを誇りに思います」と語ったのも至極、当然のことだった。
2018年のレースが終わって以降、この起伏に富んだアラバマ州のサーキットを琢磨が走る機会は一度もなかった。「オフシーズンのテストでバーバーを訪れなかったのは、おそらく今回が初めてだったと思います」と琢磨。「例年であれば1日か2日は走行していたはずです。なにしろ、オフシーズンの間はどのサーキットも雪や氷に覆われているため、テストできるのはバーバーとセブリングくらいしかありません。ただし、今年はCOTAとラグナセカでテストがあったので、僕たちはバーバーをスキップしました。また、どのドライバーも市街地コース用のセッティングについてはセブリングでテストを行ないました」 「このため、エアロ・コンフィギュレーションについていえば、昨年のデータしかありませんでした。それでも、チームにとってはCOTAよりもバーバーのほうが自信がありました。COTAでテストしたときのパフォーマンスは満足できるものではなく、レースの週末も決してコンペティティブではなかったからです。バーバーを訪れる際は希望を抱いていました。決して確信があったわけではありませんが、いくぶん安心していたと思います」 金曜日に行なわれた最初のセッションでは、ターン8でコースオフが頻発して何度もセッションが中断された。しかし、意外にもこれが琢磨の優勝を手助けすることになる。このセッションを8番手で終えた琢磨は、2回目のセッションで13番手となった。「金曜日の内容は悪くなく、クルマとの一体感をより強く持てるようになりました。今年、僕たちはロードコース用のベースセッティングに関する方向性を見直していました。このセットアップがよりうまく機能する作業をこれまで行なってきました。それはCOTAのテストで始まり、ラグナセカのテストでも続け、COTAのレースでも使いましたが、これまで完全に最適化できたことはなく、なにが本当に必要かも理解できていませんでした。ところが金曜日にはどこから作業すればいいかがおおむね見えてきたので、とてもポジティブな状況でした」 FP2ではオルタナティブのレッド・タイアを1セット試すことができるが、ブラック・タイアよりレッド・タイアのほうがむしろ遅いとの結論に達したという点において、琢磨はほかの多くのドライバーと同じだった。「バーバーですべてを完璧にまとめるのはとても難しいことです。流れるように連続した多くの高速コーナーがあるほか、上り下りも少なくなく、エンジニアにとっては難しいチャレンジとなります。しかも勾配の変化によってとても激しいバランス・シフトが起こります。ただし、いくつものコーナーがつながっているため、正しいバランスさえ手に入ればとても速く走ることもできます。チームメイトのグレアム・レイホールと僕はそれぞれ大幅に異なるセットアップを試しました。コンセプトは共通ですが、スプリングの組み合わせはまったくの別物です。ところが面白いことに、グレアムと僕のパフォーマンスは結果的にほとんど変わりませんでした。そこで僕たちはなにが起きたかを解析し、より深い内容を理解しようとしました。この結果、土曜日にはクルマに対する理解がさらに深まりました」 琢磨は土曜日の朝に行われたフリープラクティスで5番手になると、午後の予選に臨んだ。ところが、琢磨が組み込まれた予選グループは強者揃い。たとえばペンスキーのレギュラードライバー3人が揃っているほか、これまでに通算5度タイトルを勝ち取ったスコット・ディクソン、そしてチームメイトのグレアムらが名を連ねていたのだ。ここで琢磨は5番手となって第2セグメント進出を果たしたが、あと0.08秒遅かったらあえなく敗退していたことだろう。「とても厳しい戦いの予選グループでした!」と琢磨。「ラップタイムについて、とりたててハッピーというわけではなく、ラップタイムのマージンも十分ではありませんでした。それでも次のセグメントに進出できました。この段階では、フロントロウが獲れるとは思っていませんでしたが、少なくともファイアストン・ファスト6に進出できるだろうと期待していました。今シーズンを迎えてようやく、赤旗も妙なドラマもない初めての予選となり、第2セグメントに駒を進めることができたのです」 Q2では、まずQ1で使ったレッド・タイアを履いて走行し、続いて新品のレッド・タイアに交換した。「通常、使用済みのレッド・タイアでもう1度出走すると性能は大きく落ち込みますが、このことをQ3の前に確認しておきたいと考えました。ところが使用済みレッド・タイアのフィーリングは驚くほど良好でした。金曜日の結果から、プライム・タイアとオプション・タイアで性能に大きな差がないことがわかっていました。僕とエンジニアのエディ・ジョーンズはQ3で新品のブラック・タイアを使うことも検討していました。多くのドライバーがFP3で新品のブラック・タイアを2セット使っていましたが、僕たちはそうせずに、Q3のためにとっておいたのです」 Q2での琢磨はもう少し余裕があり、12名中4番手となってファイアストン・ファスト6への進出を決めた。そしてブラック・タイアで走行したのだが、そのときの模様を琢磨は次のように振り返った。「レッド・タイアよりもブラック・タイアのほうがいいということはありませんでした。ここで僕は5番手のタイムを出しましたが、残るは使用済みのレッド・タイアだったので、僕はこれにすべてを賭けることにしました。そしてチェッカードフラッグを受ける周にポールポジションを手に入れたのです。ものすごく嬉しかったです! しかもグレアムも2番手となり、2台揃ってフロントロウを獲得できたので、チームにとっては夢のような結果でした」 日曜日の朝に行なわれたウォームアップ・セッションでも、RLLRのふたりが別々のセットアップを試し、琢磨は8番手、No.15のレイホールはベストタイムをマークした。さて、ふたりのうちどちらのセットアップがレース用に選ばれたのだろうか? 「自分のバランスには満足していませんでした。ただし、グレアムのことは信用できるので、彼のセットアップの一部を採り入れることにしました。そしてレースに挑んだのです」 新品のレッド・タイアの特性が明らかになったことで、短期間的にはもっとも速いと思われるこのタイアをスタート時に装着することをRLLRは決めた。「できるだけギャップを広げたいと考えたのが、その理由です」と琢磨。「ピットストップのウィンドウがとても広いのがバーバーの特徴です。基本は3ストップですが、タイア・デグラデーション次第では2ストップも可能です。僕たちはレース序盤の流れをコントロールできるので、新品のレッド・タイアを履いてできるだけ速く走り、その後の戦略は改めて決めることにしました」 最初のスティントを通じ、琢磨はリードを広げることに成功。2番手のレイホールもディクソンを抑えていた。ところが、17ラップ目の終わりに琢磨がピットストップを行なったところ、不運にも作業が長引いてしまう。さらにレイホールはピットストップ中にトラブルが発生する不運に見舞われた。琢磨がコースに戻って数周後に今度はディクソンがピットストップを実施。ニュージーランド人ドライバーがコースに復帰した際、琢磨はその鼻先に自分のノーズを押し込むことに成功した。「こういうときのためにギャップを築いておくことが必要なのです! いわば、一種の保険のようなものです。ピットストップ作業の遅れは時として起きるものですが、僕たちは幸運にも5秒間のマージンがありました。そのときは、まるで永遠に続くように感じましたが、僕は冷静に『アウトラップと最初の計測ラップを速く走ることがとにかく重要』と考えていました。やがてディクソンがピットストップを行なうことはわかっていたので、僕はできるだけのことをしました。ターン1に進入したとき、スコットがピットから出てくるのが見えましたが、本当にギリギリのところで首位を守ることができました」 この時点で琢磨は4番手で、2ストップ作戦で走るセバスチャン・ブールデ、スペンサー・ピゴット、ジャッキー・ハーヴェイがトップ3を形成していた。琢磨はすぐにハーヴェイとピゴットをコース上で攻略。やがてブールデがピットストップを行なうと首位に返り咲いた。琢磨はこの9周後に2度目のピットストップを行なうまでレースをリードし続ける。「タイアをあまり痛めないように気をつけました。このときはブラック・タイアを履いていましたが、デグラデーションの度合いがよくわからなかったからです。重要だったのは、僕の順位ではなく『誰とレースを戦っているのか?』にありました。でも、僕には余裕があって、2回目のピットストップを行なうまでにスコットを7秒リードしていました」 2回目のピットストップが一巡したとき、琢磨は首位の座を守っていたものの、1回だけしかピットストップしていないブールデがディクソンに先行する2番手となっていた。ただし、フィニッシュまでに誰もが少なくともあと1回のピットストップを残している。最後のピットストップは、フィニッシュまでおおよそ25周となったときに行なうのが一般的だが、残り35周を切ったところでレイホールのマシーンがコース上でストップ。全ドライバーがこのタイミングでピットストップを行なうことになった。しかも、マシーンが立ち往生したのがさほど危険な場所ではなかったため、インディカー・シリーズはイエローを提示するタイミングを敢えて遅らせた。おかげでイエローが提示されてピットロードがクローズになる前に、全ドライバーがピットストップを行なうことができた。さもなければ、琢磨にとって最悪の展開となりかねなかっただろう。 「グレアムがメカニカル・トラブルで止まってしまうのを目にするのは本当に嫌でしたが、彼は安全な場所にマシーンを停止してくれました。この時点ではフィニッシュまで残り30周以上あったものの、(たとえグリーンのままでも)ピットウィンドウはオープンな状態だったので、僕たちはピットストップを行なう決断を下します。このとき、ピットレーンではトニー・カナーンとマックス・チルトンがバトルを演じていました(その後、チルトンはクラッシュする!)。もし、このときイエローが提示されてピットロードが閉鎖となったら、僕たちのレースは終わっていたでしょう。ところが幸運にも僕たちはピットインできた。もちろん安全は最優先ですが、インディカー・シリーズは素晴らしい判断を下したと思います。彼らに感謝しなければいけません」 リスタートでは、琢磨はディクソンやブールデを抑えて首位の座を守ったうえ、直後には周回遅れのマシウス・レイストがつけており、結果的に彼が援護役を務めてくれた。「最後の25周は大変な戦いとなりました。レイストが直後にいたため、僕は安心してリードしていましたが、やがてスコットが彼をオーバテイクします。僕たちは懸命に走りました。ブールデ、スコット、そして僕は、毎周がまるで予選アタックのようにハードに攻めるいっぽうで、燃料もセーブしなければいけませんでした」 最終的に琢磨はディクソンに2.4秒の差をつけてチェッカードフラッグを受けたものの、残り5周となったターン8で琢磨はコースアウトを喫し、あわやと思わせる瞬間があった。「あそこはターンインとブレーキングを同時にする、とてもトリッキーなところです。しかも、コーナーの途中に嫌な感じのバンプがあります。僕は同じ場所で金曜日にハーフスピンを起こし、ターン9まで150ヤード(約137m)ほどドリフトしました。残り5周となったとき、僕たちは死にものぐるいでプッシュしていて、結果的にコースアウトしてしまいます。その瞬間、コントロールを失う恐れがあったので、強引にコースに戻らないほうがいいと判断し、真っ直ぐ突っ切ることにしました。これがもっとも安全だと思われたからです。たくさんの砂ぼこりが舞い上がり、グリーンを切り取ったのでドラマチックに見えたかもしれませんが、コクピットに腰掛けた僕はいたって冷静でした。その後、僕はリズムを取り戻して残る4周を走りきりました。できるだけ速く走って順位を守りきったのです」 「優勝するのはいつでも簡単ではありません。このときも精神的にはとても疲れましたが、このような形で勝てたのはとても嬉しいことでした。チームワークで勝ち取った勝利であることは間違いありません。エンジニアたちは信じられないような仕事をこなし、2回目と3回目のピットストップではメカニックたちが完璧な作業をこなしてくれました。僕自身も驚いていますし、本当に素晴らしいことだと思います! こんなふうに圧勝したのは、いまや懐かしい2001年のイギリスF3以来のことです。僕たちにとっては文字どおり特別な週末となりました」 レース後の祝福シーンでは、ボビー・レイホールやチームのメンバーだけでなく、オーナーであるデイヴィド・レターマンも前日のフロントロウ獲得に続いて喜びを分かち合った。「マイク・ラニガンがヨーロッパに出かけていたのは残念でしたが、デイヴィドはこの瞬間を見逃すわけにはいかないとばかりにやってきてくれました。彼がいてくれたのは嬉しかったし、少し早めの誕生プレゼントを贈れたのもよかったと思います。こうしたチャンスをくれたボビー、デイヴィド、マイクに心から感謝するとともに、みんなと素晴らしい瞬間を共有しています」 この流れを、琢磨は次戦に持ち込めるだろうか? 奇遇にも、シリーズ第4戦は琢磨が2013年に初優勝を遂げたロングビーチが舞台となる。そしてこのレースに、琢磨はポイントランキングの3番手として挑む。「メカニックたちは1日だけファクトリーに戻り、そこからロングビーチに“急行”します。次のレースでもこの勢いを維持できない理由はありません。去年も力強い戦いができたので、とても楽しみにしています」 written by Marcus Simmons |