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彼の経歴を考えれば信じられないことだが、これまでほぼ9シーズンを戦ってきたインディカー・シリーズで佐藤琢磨はロードコースで1度も優勝したことがない。過去に挙げた勝利はロングビーチの市街地コースとインディアナポリスのスーパースピードウェイで挙げたもの。今回、琢磨はポートランド・インターナショナル・レースウェイで待望の栄冠を勝ち取り、No.30をつけたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシーンをビクトリーレーンへと導いた。これは今季初の成功だが、驚くべきは、琢磨が20番グリッドからスタートして優勝を果たしたことにある。
ポートランドで最後にインディカー・レースが開催されたのは、シリーズがまだチャンプカーと呼ばれていた2007年のこと。今回はそれ以来の開催となるため、本格的な競技が始まる前日の木曜日にはテストが実施され、仕事に取り組むRLLRチームを手助けした。「ポートランドのコースには長い歴史があり、インディカー・シリーズにとってもとても重要です」と琢磨。「シリーズがこのコースに戻ってくるのは11年ぶりのことですが、ポートランドから大歓迎を受けました。たくさんのファンが木曜日のテストから詰めかけてくれたのです」 「テストは午前中に2時間半、午後に2時間半というスケジュールでしたが、それでもとても役に立ちました。この日は大きな手応えを掴んだものの、必ずしも非常に満足したわけではありません。ライバルたちに比べて少し遅れをとっているように感じましたが、とても意味のあるテストができました。ポートランドは素晴らしいサーキットだと思います。とても興味深く、また全長がとても短いコースです。路面は再舗装されたためにかなりスムーズですが、とても有名で極めつけにタイトなターン1の舗装はコンクリートのままで、レースを考えるとこれはいいことだと思いました。このコースには長く流れるようなコーナーがたくさんあります。典型的な古いタイプのサーキットで、とても狭く、ランオフエリアはほとんどなくて、あるのは砂とホコリとグリーンだけ。とてもチャレンジングなコースで、バックストレートでは175〜180mph(約280〜288km/h)に到達して、そこからものすごく攻めがいのある超高速S字セクションに飛び込みます」 この週末最初のフリープラクティスでは状況がよくなり、琢磨は8番手となったが、午後は低迷して21番手に終わった。「今朝は少し異なったことを試しました。そのときのスピードとバランスのよさは、まさに嬉しい驚きでした。午前中のパフォーマンスは僕たちを大いに勇気づけるものでしたが、天候は典型的な北部ウェストコーストです。午前中は涼しいのに、午後になるとかなり気温が上がりました。そしてこれは最近のレイホールのちょっとした傾向なのですが、午後になるとスピードが伸び悩むようになります。温かくなるとすぐにダウンフォースを失い、タイアがスライドを始め、競争力を失ってしまうのです。同じ傾向は同様にも見られました」 実際のところ、土曜日の午前中に行われた最後のフリープラクティスで琢磨は5番手となったが、予選では第2セグメントに進出できず、スターティンググリッドは悔しい20番手となった。「僕とチームメイトのグレアム・レイホールは、少し異なったフィロソフィーのセッティングでアタックしました。僕たちはとても非常に速く、午前中のプラクティスでは一時トップ2を占めたほど。これは素晴らしいことで、マシーンの感触もよくなっていました。僕たちはさらに速くなり、バランスも改善され、予選では絶対に好成績を残せると思っていました」 「僕たちは別々のセッティングで予選に臨みました。グレアムはグループ1、僕はグループ2です。グレアムの走りを見たところ、彼のマシーンはひどいルーズのように思えました。実際、彼はオーバーステアに関する不満を口にしていました。ソフトなレッドタイアのほうが状況はよくなるようで、彼はコンペティティブなタイムをマークします。そこで僕たちはこんなふうに考えました。『ふむふむ、OK、きっとコンディションがよくないんだな』 そこで僕たちは自分たちにとって正しいと思われるセッティングを施して予選に臨みましたが、その結果は実にショッキングなものでした。ハンドリングがひどいアンダーステアだったのです。ただし、ピットストップ中に短時間でできることといえば、レッドタイアに交換してフロントのフラップを起こすくらい。けれども、クルマのバランスはよくなりませんでした。セグメント2に駒を進めるには1.5秒も遅く、20番手からスタートするという予想外の結果に終わったのです。恐ろしいほどの接戦でした」 では、琢磨たちはレースに向けてマシーンを大幅に変更したのか? いや、彼らはそうはしなかった。予選でのスピードが不足していたのは確かだが、レースでは優れたパフォーマンスを発揮すると琢磨は考えていたからだ。「クルマのバランスにはとても満足していました。スピードは足りなかったり、予選で必要となるシャープなフロントの反応には欠けていました。でも、レースではきっと素晴らしいクルマになってくれると思われたのです。とにかくスタビリティがとても高く、バランスがよかったのです。そこで僕はエンジニアのエディー・ジョーンズに『このまま変えないことにしよう』と提案したのです」 たとえ彼らが素晴らしいレースカーを手にしていたとしても、チャレンジングなロードコースで20番手からスタートするのだから、順位を上げるにはオルタナティブ・ストラテジー(他のドライバーとは異なる戦略)が必要になると琢磨は感じていた。この前の週のゲートウェイで実践したように、燃料をセーブして他の多くのドライバーより給油回数を1回少なくする戦略で挑もうというのだ。「ターン1の手前にはやや長めのストレートがありますが、そうはいってもロードコースなのでオーバーテイクは困難です。スピードの差はごく小さいので、コース上で追い上げて上位に食い込むという作戦は現実的ではありません。チームのストラテジー・ミーティングでは、通常は3ストップがもっとも速く、多くのドライバーがこの戦略で臨むだろうとの意見がでました。ただし、かなりの燃料をセーブできればグリーンのままでも2ストップは可能だし、イエローがたくさん出れば2ストップも難しくなくなるとの見通しでした。そこで僕は考えました。『ふむふむ、もしも可能性があるのなら、それを試してみよう。面白いレースにするには、それしか方法がなさそうだ』 このコースの特性からいっても、イエローはきっと出ると僕は予想していました」 琢磨の読みは正しかった。オープニングラップではレイホール、ジェイムズ・ヒンチクリフ、エド・ジョーンズらが絡む多重アクシデントがあり、マルコ・アンドレッティのマシーンが横転し、スコット・ディクソンが大きく遅れた。マシーンを回収するまでコーションが延々と続き、琢磨はこの間に燃料を継ぎ足すチャンスを手に入れる。厳密にいえば、これで琢磨は3ストップになったわけだが、グリーンが振り下ろされたときでも105ラップのうちの99ラップがまだ残されていたので、彼らの戦略が実質的に2ストップであることには変わりない。このとき琢磨は16番手となっていた。 「スタートには注意して臨みました。ターン1でなにかが起きるのは、ほとんど間違いないように思われたからです。おかげで、僕は数台に抜かされましたが、ターン1に進入した直後に僕が目にしたのは、数台のマシーンが接触している光景でした。そこで僕はスケープロードに避けます。その後、コースに戻ると、前方で大事故が起きていました。ものすごいホコリが巻き起こっていて、マシーンが飛び上がっているのが見えました。ここでも少しポジションを落としましたが、それよりも大切なのは、マシーンにはまったくダメージがなく、ノーズもきれいなままで、すべて問題がなかったことです。そして僕らの予想どおりイエローが提示されると、これが延々と続きました。このとき、僕は思いました。『OK、これは間違いなく2ストップ作戦だ』 僕たちは順位を少し落とすことを承知のうえで燃料を補給することにしました」 グリーンフラッグが振り下ろされてからも、琢磨は16番手を守り続けた。目立たないながらもサイモン・パジェノーも同様の戦略で、大きく遅れたディクソンもこれに追随しているように思われた。「2周目からは、僕は早々と燃料をセーブしていました。明るい黄色いマシーンに乗っているサイモンも同じ戦略のようで、僕のミラーのなかで近づいたり遠ざかったりしています。彼のほうが僕より先にピットストップを行ったのは、僕にとってとても都合のいいことでした。なぜなら、このおかげで僕はペンスキーのマシーンを後方に留めることができたからです。しかも、僕のほうが長い周回をこなせる。このことに、僕はとても勇気づけられました」 ピットストップを先延ばしにした結果、2回目の給油を行う直前に琢磨は2番手まで浮上。17番手となってコースに復帰した。また、燃料をセーブしながら走るため、琢磨はローダウンフォース・セッティングでレースに挑んでいた。ポートランドではハイダウンフォースが有利とされているので、これは意外な判断だったといえる。「ストラテジー・ミーティングの後で、このアイデアをエディーに伝えました。ばかげた考えのように思えるかもしれませんが、僕はダウンフォースを減らしたかったのです。その理由として1」オーバーテイクが容易になる可能性があること、2」追い越されにくくなることが挙げられますが、さらに重要なのは、ローダウンフォースにすれば空気抵抗が減り、燃費が大幅に向上する点にありました。たとえラップタイムがコンマ2秒か3秒遅くなっても、これはとても重要なことです。ローダウンフォースでは苦戦することになりかねないインフィールド・セクションでオーバーテイクするのは事実上、不可能です。最大のパッシングポイントであるターン7さえしのぎきれば、誰にもオーバーテイクされることはないでしょう。ライバルたちの様子を見る限り、僕以外にローダウンフォースを選んだドライバーはひとりもいないようでした」 「僕はサイモンを徐々に引き離していました。つまり、ローダウンフォースのおかげで僕のほうが速く、しかも燃料をセーブできていたのです。つまり、僕たちは着実に戦略を遂行していたのです」 琢磨がピットストップを行って間もなく、ウィル・パワーのクラッシュによりイエローが提示される。これで数名のドライバーがピットストップを行い、琢磨は10番手に浮上した。続くリスタートではギャビー・シャヴェスをパスして9番手になる。そしてザック・ヴィーチがスピンして再びイエローが提示された。このときも数名のドライバーがピットストップを行い、琢磨はライアン・ハンター-レイに続く2番手へと駒を進める。「イエローに助けられました。多くのドライバーが3ストップから2ストップへと戦略を変更していたので、僕はあっという間に順位を上げることができました。“燃料の貯金”はどんどん増えていきましたが、ライアンが僕よりも速いのは間違いありません。リスタートで彼の直後につけましたが、あっという間に離されてしまいました。僕は燃料をセーブしていたので、彼を抑えることはできません。フルパワーで走れば彼に追い付いていけたかもしれませんが、それよりも自分の戦略を守るほうが大切でした」 11ラップ後、コース上がグリーンのときにハンター-レイはピットストップを行い、琢磨が首位に立つ。続いてサンティノ・フェルッチがコース上でストップ。琢磨は大半のドライバーを引き連れてピットレーンを目指した。彼らは4回目のイエローが提示されることを予想していたのだ。そしてそれが現実のものとなり、琢磨はフィニッシュまで走りきるのに必要な燃料を手に入れた。しかもハンター-レイに先行している。コース上における琢磨の順位は2番手だったが、トップのマックス・チルトンはもう1度ピットストップを行う必要があったので、実質的な首位は琢磨だった。 「燃料の面では数周分の余裕があったので、ピットに飛び込む直前にはプッシュしました。僕たちは1秒とかからずにピットストップを終えるとライアンの前でコースに戻りましたが、このときはとてつもない満足感を味わいました。燃料には余裕があって、理想的なポジションです。僕はプッシュ・トゥ・パスを使いながら、1ラップにつきコンマ1秒ずつ後続を引き離していきました。ただし、ライアンはプッシュ・トゥ・パスを使わなくても僕についてこられるので、いざというときに備えて僕はタイアをセーブすることにしました。そして、実際にそうなりました。僕たちは22ラップにわたって真剣勝負を繰り広げ、ライアンは最後の5周でストレートに入ると毎回プッシュ・トゥ・パスを使い、僕とのギャップを1.2秒から0.5秒まで縮めました。それでも、僕はローダウンフォース・セッティングを選んでいたので、彼を抑えきることができたのです」 そして琢磨はウィナーとしてフィニッシュラインを通過したのである。「最終コーナーを走っているときは、特別な感情を抱きました。無線で僕に指示してくれるデレック・デイヴィドソンは、そのとき『チェッカーフラッグ、チェッカーフラッグ』と伝えていましたが、その背後でスタッフが叫んでいる声が聞こえていました。最高にクールでしたよ! ロードコースで優勝したのはこれが初めてだったので、ものすごく嬉しく思いました。とうとうやった!という感じです。ピットストップではチームが最高の仕事をしてくれたほか、エンジニアは素晴らしいマシーンを用意し、戦略は最高の結果をもたらしてくれました。今年、僕たちはひどく不運でしたが、最後に幸運を手に入れることができました。ライアンやセバスチャン・ブールデ(僅差で3位に入った)とのバトルは本当に楽しかったし、文句の付けどころがない1日でした」 「レイホールのマシーンをビクトリーサークルに運び込むときには、言葉にならない最高の気分を味わいました。このとき、満面に笑みを浮かべたボビー・レイホールの顔が僕の目に飛び込んできました。チームの全員にとって最高の瞬間で、それはボビーにとっても、彼のパートナーであるマイク・ラニガン、デイヴィッド・レターマンにとっても同じことでした」 この優勝で琢磨はランキング11番手に浮上。残るは、ダブルポイントとなる最終戦のソノマだけなので、トップ10でシーズンを終えられるチャンスは十分にある。「ソノマでインディカー・シリーズが開催されるのは今年が最後だなんて、とても残念です。僕たちは木曜日にテストを行いますが、これは非常に重要なものとなります。できれば、最終戦でも上位争いを繰り広げたいと思います。もう1度、表彰台にチャレンジしたいですね!」 written by Marcus Simmons |