COLUMN |
ベライゾン・インディカー・シリーズ第14戦のポコノで、佐藤琢磨がレースウィークを通じてこなした周回数はたったの35ラップだった。ウォームアップが雨でキャンセルになったのは事実だが、レース序盤にロバート・ウィッケンズが重傷を負う事故が発生し、この影響で琢磨が乗る#30 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのダラーラ・ホンダもダメージを受けてリタイアを余儀なくされたのだ。しかし、なにはさておいても、もっとも心配なのがウィッケンズの容体であることには変わりない。
「誰も深刻な事態に陥らなかったことを、まずは神様に感謝しないといけません」と琢磨。「ロビーのことは気がかりですが、どうやら両足と腕を骨折し、脊髄に軽いダメージを受けただけで済んだようです。とはいえ、これはとてもショッキングなことで、1日も早い彼の回復を祈っています」 レースウィーク中の走行距離が少なかったことは前述したとおりだが、事前に行われたポコノのテストに参加しなかったのは、RLLRチームを含めて3チームのみだった。通常のテスト走行の枠とは別にルーキーデイも設けられていたが、ルーキーが在籍していないRLLRがこれを利用するわけにはいかない。このため、琢磨とグレアム・レイホールはほとんどぶっつけ本番の状態で週末を迎えることになったのだ。「インディアナポリス・モーター・スピードウェイやテキサス・モーター・スピードウェイで使ったスーパースピードウェイ・パッケージを活用することはもちろんできます。でも、ポコノはとてもユニークなコースで、かなり特殊なセットアップが必要になるのです。だから、僕たちふたりのドライバーとエンジニアにとっては想像以上に苦しい状況でした」 プラクティスは1回だけ、しかも走行できるのは1時間しかなかった。ここで琢磨は8番手のタイムをマークする。「ベースセットアップを煮詰めて、予選トリムの確認をして、レースシミュレーションを行う。これだけの作業をたったの1時間で終わらせなければいけないのです。このためマシーンを持ち込んだ際の基本的な考え方から大きく変更することはできません。しかも、僕たちのマシーンはあまり乗りやすい状態ではありませんでした。もっとも、これはポコノではよくあることです。このコースで必要なのは、なによりも勇気と闘志なのです!」 「ターン1は深いバンク。ターン2は、以前は苦労することなくフラットアウトで通過できましたが、去年に比べてダウンフォースが減ったうえに冬の厳しい寒さで路面がひどくバンピーになったため、いまではチャレンジングなコーナーとなりました。ターン3はバンクのサポートがほぼ得られず、ハンドリングはかなりニュートラルに近づきます。ドライバーに自信がなければ攻めた走りはできません。グレアムも僕もポジションは最下位付近でしたが、僕たちはいい方向性を見つけていたのでそれほど不安はありませんでした。セッションの最後に予選トリムとニュータイアで走行したところ、トップ10まで浮上しました。この結果にはとりあえず満足しましたが、僕たちはさらに速さを追求しなければいけないと感じていました」 琢磨は予選を10番手で終えた。「アタックラップについては満足していますが、最終的な順位については納得していません。その時点で、去年乗っていた#26よりもわずかに遅いだけでした。しかも、チームのアンドレッティ・モータースポーツはザック・ヴィーチとともにテストに参加していたうえ、ギャレット・マザースヘッドが優秀なエンジニアであることは疑う余地がありません。したがって、彼らとほとんど変わらないタイムをマークできたことは満足でした。#26を走らせた昨年、僕はポコノでポールポジションを獲得しているので、このコースの走り方はわかっています。ただし、今年のマシーンはいたるところでボトミングやバウンシングを起こしました。それでもマシーンの限界を引き出せたことには満足しています。僕の後で速いマシーンが走行することになっていたので、できればトップ6に留まっていたいと願っていましたが、結果はトップ10でした。いろいろなことを考慮すれば、僕たちはできることすべてをやりきったといえます」 フリープラクティスでの25ラップと予選しか走っていない琢磨は、雨のためウォームアップがキャンセルされたことにひどく落胆した。日曜日の午前中に走行することはできるのだろうか? 「僕はインディカー・シリーズが代わりのセッションを用意してくれると期待していました」と琢磨。「このとき予定されていたのはビンテージカー・パレードだけです。ところが、これは実現しませんでした。プラクティスで25ラップ、予選では4ラップしか走っていません。それだけで決勝に挑むのは、頭の中で想像したセットアップで走るのと同じことです。RLLRにとっては非常に困難な状況だったといえます」 設定されたスタートラインはターン3の500ヤード(約460m)後方。昨年ポールポジションを勝ち取った琢磨は、このコースでクリーンなスタートを切るのがいかに難しいかをよく承知していた。その不安は現実のものとなる。レイホールと接触したスペンサー・ピゴットはウォールに軽くコンタクト。このため、直ちにレースはコーションとなった。「僕もスタート・フィニッシュ・ラインの手前でブレーキをかけなければいけませんでした。グリッドの後方では想像するのも恐ろしい状態になっていたはずです」 レースは7ラップ目に再開。ところが突如としてターン2で大混乱が起きる。「たしかにリスタートはしました。最初のスタートに比べれば、はるかに落ち着いた状況でした。そして僕はポジションを守ったままターン1を通過。その出口ではセバスチャン・ブールデをパスするチャンスがやってきました。僕たちがターン2でサイド・バイ・サイドとなったとき、恐ろしいことが起きます。『誰もが焦っていた』という人がいますが、このレースが500マイルであることはドライバー全員が承知していましたし、僕自身もそんなことはなかったと思います。サイド・バイ・サイドになっていた僕たちはスロットルを緩め、軽くブレーキングしました。サイド・バイ・サイドのままターン2をクリアするのは、おそらく難しいだろうと考えたからです。なにしろ、去年に比べてダウンフォースは300ポンド(約110kg)も減っているんですから。ただし、この日の気温は低めで空気密度は大きかったため、もしかしたら思ったよりダウンフォースは大きいかもしれない。でも、まだフルタンクだしタイアも冷えている。誰もがそんなふうに思って、注意深く走っていました」 「とてもバンピーなターン2で不運な事故が起きてしまいます。僕たちは目の前のクルマにひどく接近していて、見えるものといえばギアボックスとタイアしかありませんでした。その次の瞬間、目の前で激しい爆発が起きます。そこら中に破片が飛び散るのが見えました。そのほとんどは黄色だったので、ライアン・ハンター-レイが事故に関係したことは明らかです。その直後にフルブレーキをかけましたが、車速は200mph(約320km/h)を越えているうえに、すでにコーナーに差し掛かっていました。僕たちにできることはほとんどありません。イン側でスピンしたジェイムズ・ヒンチクリフがまず僕に接触。その勢いで、僕はコンクリートウォールに向かって弾き飛ばされました。結果的にウォールには当たりませんでしたが、オイルと水をかぶったため、タイアはまるでグリップしません。まったく手も足も出ない状況で、事故に関わった周辺のマシーンと何度も接触を繰り返しました」 「意外にもマシーンのダメージはほとんどありませんでした。左右のフロントサスペンションを痛めただけで、十分にリペアできる状態です。ただし、ヒンチが僕のリアアクスルにぶつかったときの衝撃は強く、ギアボックスの内部にダメージが及んでいると考えられました。そこでチームはリペアしないことを決めたのです」 マシーンの状態よりも重要なのはウィッケンズの容体だ。「彼が無事だったことは神様にお礼をいうしかありません。予断を許さない状態ではありますが、インディカー・シリーズが安全性の確保に懸命に取り組んできたおかげです。骨折は治るでしょうが、心配だったのは脳への影響です。スピンしたときのスピードと人間が耐えられる限界のことを考えれば、彼に意識があって起き上がっていられることは本当に素晴らしいと思います」 次戦のゲートウェイへはポコノから直接、向かうことになる。ここは琢磨が好きなコースのひとつだ。「去年、再舗装が行われて路面は素晴らしい状態になりました。ショートオーバルとしてはベストな路面のひとつでしょう。ただし、昨年のレースは残念ながらあっという間に幕を閉じました。他のマシーンに追突されたため、5秒くらいでレースは終わってしまいました。プラクティスでは、これまでショートオーバルを戦ったなかでベストな仕上がりだったうえ、予選ではホンダ勢のトップにつけていたのです。できれば、今年も自分たちがコンペティティブであって欲しいと願っていますし、去年よりはずっと長いレースになることを期待しています」 written by Marcus Simmons |