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Rd.6 [Sun,28 May]
Indianapolis 500 Mile

ついに掴み獲った“頂点”
彼こそインディ500ウィナーである。0.2011秒差でエリオ・カストロネヴェスを破り、2017年のインディ500を制した瞬間、佐藤琢磨の人生は一転したといっていい。「本当に驚きです。信じられませんでした!」 琢磨は叫ぶようにして、そう言い放った。「僕の人生のなかでも本当に大きな意味を持つ瞬間でした。人生を変えたといってもいいでしょう。この48時間、夜は3時間か3時間半くらいしか寝ていません。おそらく50媒体くらいのインタビューをこなしたはずです」

インディ500の2週間に及ぶ走行の滑り出しから、琢磨は常に好ポジションにつけ、上位陣と争い続けた。実際のところ、No.26をつけたアンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダは走行初日に絶好のスタートを切っていたのだ。「アンドレッティ・オートスポーツのパフォーマンスは本当に印象的でした。彼らがスーパースピードウェイのために用意した基本セットアップはとても感触がよく、コースを走り出した当初から驚くほどバランスは良好でした。エンジニアのギャレット・マザーシードは、プラクティス初日に昨年のセットアップを使うことを提案してくれました。そうすれば、これをベースにコースコンディション、温度、空気密度などにあわせて調整できるというのです。それは素晴らしいもので、結果的にわずかな調整しか必要ありませんでした」

「そして走行初日の午後4時に最初のグループランを始めました。アンドレティ・オートスポーツのドライバー総出でトラフィックのシミュレーションを行うのです。僕にとってこれは初めての経験だったので、とても興味深いと思いました。コースを走ったのは4人─僕、ライアン・ハンター-レイ、マルコ・アンドレッティ、アレクサンダー・ロッシ─でした。というのも、ジャッキー・ハーヴェイはマシーンに細かな問題があり、フェルナンド・アロンソは少し異なるプログラムをこなしていたからです」

「僕たちは毎日グループランを行いました。全員がタイアや燃料の量をあわせてから走り出します。このため、トラフィックが作りだす乱気流の中でマシーンの強みと弱みが浮き彫りになり、この結果を踏まえてさらに速くするための努力を行います。とても洗練された手法で、僕が過去に経験したものとは大きく異なります。これまではいつも決まって、初日はシェイクダウン、2日目はエアロマップを作るために車高とウィング角の関係をチェック、3日目はトラフィック内の走行を試しますが、前を走るマシーンのタイアやウィング角がわからないので、そのときのデータが正しいという保証はどこにもありません」

「僕たちは毎日午後2時と5時に、それまで自分がどんな作業をやっていても中断し、グループランに臨みました。僕たちにとっては、これがもっとも大切な準備となりました。トラフィックのなかでクルマがどんな動きをするかは極めて重要ですが、インディ500で試したことはこれまでありませんでした」

土曜日に行われた最初の予選は、雷雨がインディアナポリス・モーター・スピードウェイを直撃した為、中止になりそうな気配だったが、たちまち天候は回復し、結果的に全ドライバーがタイムアタックを行うことができた。出走順はクジ引きで、そして上位陣のグリッドはシュートアウトのファスト9で決められることとなる。出走順が最後に近かった琢磨は4ラップの平均で230.382mph(約368.6km/h)を記録し、この段階でトップに躍り出たが、その後、オーバルスペシャリストのエド・カーペンターが230.468mph(約368.7km/h)をマーク、最後の最後で2番手となった。

「とてもハッピーでした」と琢磨。「コースは急激に乾いていったので、僕たち全員がアタックできました。セッション終盤に走行したことも、僕にはラッキーでした。通常、セッション後半は温度が上がってアタックするには好ましくない状況となりますが、グリーンなコースでは後半のほうがコンディションはよくなります。また、チームメイトのあとで走行したことも僕にとってはメリットで、マシーンは本当に最高の状態でした」

そして琢磨は土曜日のファスト9を迎える。「インディ500では過去最高のアタックでした。真剣なチャレンジでファスト9にアタックできたのは、これが初めてです。それはとても濃密な時間であると同時に、少し恐くもありました。すでにダウンフォースはとても小さく、セットアップは極めてアグレッシブなものでした。最初のラップは232mph(約371.2km/h)を越えるとても速いもので、2ラップめには早くもタイアのデグラデーションが始まっており、僕はコース幅を目一杯使いました。そこで、3ラップ目ではアペックスをコーナーの奥にとりましたが、それでもターン2の出口では壁に接触しそうでした。ここは横風が強く、したがって自然と強いアンダーステアになります。コーナーに進入するたびに、僕はウェイトジャッカーとアンチロールバーを調整しました。おかげでとてもチャレンジングでした。4ラップ目にはリアタイアもデグラデーションを起こし始め、狙ったラインをトレースできずにウォールに触れてしまいます。けれども、スロットルペダルから右足を離すことなく、結果的に4番手のタイムをマークできました。フロントロウに並べればさらによかったでしょうが、2列目でも僕はハッピーでした」

ファスト9で平均231.365mph(約370.2km/h)を叩き出した琢磨は、チームメイトのロッシに続く4番手。いっぽう、カーペンターを破ってポールポジションを獲得したのはスコット・ディクソンで、記録は232.164mph(約371.5km/h)だった。

予選が終わると走行は2週間目を迎え、決勝用のセッティングをさらにチューンナップすることになる。「マシーンは本当に強力でした。まだ少しテスト・アイテムが残っている状態でしたが、インディ500の決勝前にこれほどマシーンに自信を抱いたのは今回が初めてでした」 金曜日のカーブ・デイで琢磨は2番手のタイムをマークする。「このタイムについてはちょっと説明が必要です。もしもダウンフォースが少ない状態でトウ(スリップストリーム)が使えればいい記録を出せますが、今回の僕がまさにこれでした。実際のところ、トウを使わないタイムでは7番手か8番手だったと思いますが、それでも僕は満足していました」

レースでは、あまり無理をせず、トップ争いに留まることが当面の目標とされた。「スタートは想定の範囲内で、何台かがとてもアグレッシブにターン1へと進入していきました。でも、僕はまったくリスクを犯さずに通過しました。スタート直後は6番手か7番手くらいだったと思います。僕はこんな風に戦いました。なにしろ長いレースですし、本当に大切なのは最後の50ラップに向けてマシーンをチューニングしていくことです。最初の150ラップはセットアップを行い、常にマージンを保ち、マシーンをいいコンディションに保つことにあります」

クラッシュしたジェイ・ホワードにディクソンが接触し、彼のマシーンが宙を舞うアクシデントが発生した53周目、トップグループのオーダーはアロンソ、ロッシ、琢磨、カーペンター、ハンター-レイの順で、実にアンドレッティのドライバーがトップ、2番手、3番手、5番手を占めていた。「まるで僕たちがプラクティスでやっていたグループランのようでした!」

アクシデントが発生したことで、クラッシュしたマシーンを排除するために赤旗が提示される。この作業が行われている間、3番手につけていた26号車のドライバーはスヤスヤと眠っていたそうだ! 「アクシデントは僕の直後で起きました」と琢磨。「1周回って事故現場にやってきたとき、マシーンはモノコックだけになっていて、破片があたり一面に飛び散っていたので、僕は強いショックを受けました。だから、ディクソンが自力でマシーンから降り立ったと聞いたときにはホッとしました。ただし、この事故でコースとSAFERバリアがダメージを受けたため、レースを中断する必要がありました。もちろん、僕にはまったく問題ありませんでした」

「眠りに落ちてしまったのです。まるで2002年日本GPの予選のときのように……。あのときは130Rでアラン・マクニッシュが大クラッシュして赤旗が提示されました。それでデータを見ていたのですが、だんだん眠くなってきて、短いパワーナップをしました。おかげですっきりとしました。これと同じことが土曜日に起きたのです。たしか夢を見たはずなんですが、どんな内容だったかは覚えていません。そしてはっと目が覚め、自分がインディ500を戦っている途中で、大観衆に囲まれてコクピットに腰掛けていることに気づきました。本当に奇妙な気分でした! けれども、一眠りしたおかげで楽に意識を集中させることができました」

戦いに戻った琢磨はトップに浮上、数ラップを走行したところでハーヴェイとコノー・ダリーが接触してイエローコーションとなる。ところが、リスタートしてからデブリーにより次のイエローが提示されるまでの間に琢磨は5番手へと後退してしまう。このイエローでは全ドライバーがピットイン。ところが、No.26のマシーンはホイールナットが転がってしまったためにピットストップが長引き、琢磨は短い昼寝でかき集めた集中力を総動員して戦わなければいけなくなる。「勢いを失いました。しかも、これがリスタート後に起きると、誰もがニュータイアを履いているため、簡単に順位を落とすことになります。結局、僕は17番手まで転落してしまいました。こういうときに大切なのはパニックに陥らないことです。16番手とか17番手ではタービュランスがひどいので、たしかに困難でフラストレーションの募る状況ですが、どのスティントでも15ラップを過ぎるとライバルたちにはタイア・デグラデーションが起きてスロットルを踏めなくなるため、相対的に僕たちのマシーンは最強となります。そこで、ひとつずつ順位を上げていくことにしました」 実際、グリーンのまま次のピットストップを行うことになったとき、No.26を駆る琢磨はトップ10に返り咲いていたのだ。

最後の50ラップを迎え、琢磨は順調に10番手を走行していた。その後、イエローが出てピットストップを行ったとき、琢磨は5番手へと挽回。その間にマックス・チルトンとエド・ジョーンズのふたりが首位に浮上していた。ここから琢磨の猛反撃が始まる。レース終盤に出た2回のコーションまでに、琢磨はチルトンの直後にあたる2番手まで駒を進める。そして5台が絡む事故で提示されたイエローが解除になったとき、レースは残り12周となっていた。

琢磨が2番手にジャンプアップできたのは、残り22ラップのターン1でカストロネヴェスとジョーンズをアウト側から一気に仕留めたおかげだった。このスリリングなオーバーテイクは琢磨をトップ争いのポジションに押し上げただけでなく、マイケル・アンドレッティにNo.26の優勝を予感させるきっかけともなった。「あの男はきっとやってくれる」 レース後、アンドレッティはそう語った。「彼は素晴らしいレースを戦ってくれた。アウトサイドから2台をまとめてオーバーテイクしたことがあったけれど、あれは重要なシーンだった。なにしろ、これでトップに続く2番手のポジションを手に入れられたのだから。僕は、あのときレースの流れが変わったと思う。その瞬間、僕はこんな具合だった。『ワォッ! 僕たちはどうやら優勝することになりそうだ!』 もちろん、琢磨は僕らをがっかりさせなかった。彼のドライビングは本当に最高だった」

残り9ラップでリスタートとなったとき、琢磨は首位浮上を狙ってアウトからターン1に進入したが、反対にこれで勢いを失い、ターン3でカストロネヴェスにパスされてしまう。その2周後、カストロネヴェスは同じ作戦でチルトンをオーバーテイクして首位に浮上。このとき、琢磨もターン1でチルトン攻略に成功する。そして次の周、琢磨はターン4で鮮やかにカストロネヴェスを抜き去り、トップに立った。残るは5周、12.5マイル(約20km)……。

「僕たちは本当にいいポジションにつけていて、最後の10周は『ワイルドなレース』ができる準備が整っていました。強敵だったチルトンを攻略しようとするとき、僕はあと何周でカストロネヴェスがチャージを始めるかを計算していました。マックスがポジションを守ろうとして急減速したので、僕も慌ててスロットルペダルから足を離しましたが、おかげでエリオにすんなりと抜かされてしまいました」

「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)で倒さなければいけない相手はエリオです。これまで彼とレースを戦うなかで、僕はたくさんのことを学んできました。僕たちはコース上でもコース外でもとてもいい関係で、彼との間に問題が起きたことは一度もありません。彼は勇敢なレーサーですが、常に相手に敬意を払ってくれます。エリオがマックスをオーバーテイクしたあとで、2012年のインディ500とよく似たことが起きました。ダリオ・フランキッティがスコット・ディクソンを抜いたとき、僕もダリオについてディクソンをパスし、2番手に浮上したのです。でも、今回はレースがまだ6周残っていた。僕の目の前にいるのはエリオだけ。僕は彼の走りを注意深く見つめながら、残り数周をどうやって戦うべきかを考えました」

「僕たちが使っているエアロ・コンフィギュレーションでは順位の入れ替えが比較的容易で、前を走っていられるのはせいぜい1周か2周です。そこで残り5周となったところでエリオをパスし、僕を抜き返すのに何周かかるかを確認することにしました。そして、もしも彼が2周で僕から再びリードを奪うようであれば、僕は残り2周でじっくりとエリオを攻略する時間があると考えたのです。このとき、僕の脳ミソはフル回転していました! 僕が残り5周でオーバーテイクすると、彼は案の定、2周で僕に追いつきました。そして残り2周となったターン1で彼は仕掛けてきます。『OK、ここで僕がリードを守り切れれば、彼が追いつくには再び2ラップが必要になる』 できることはすべてしました。イン側のラインを守り、彼をアウトサイドに追いやりました。そこからの2ラップは、まるで予選のように全開で攻め続けてエリオを引き離しにかかりました。これは本当に濃密で、長い長い2ラップでしたが、彼を抑えることに成功します。僕のスポッターが無線を通じて教えてくれました。『エリオは3バック、2バック、諦めずに攻めている!』 おかげで僕には彼との位置関係が正確に把握できました。そして最終ラップのターン4を立ち上がったとき、僕は勝利を確信しました」

「本当に素晴らしいチームワークでした。チェッカードフラッグを受けたときはメチャクチャ嬉しくて、ヘルメットのなかで大声で叫びました! そしてスロットルペダルを戻すと、観客たちの大歓声が聞こえてきました。ただただ信じられないような気持ちで、本当に嬉しかったです。ピットレーンに戻ってくるとみんなが声援を送ってくれましたが、途中で(琢磨を2013年から2016年まで走らせていた)No.14のクルーが姿を見せました。そこで僕は2mph(約3km/h)までスピードを落として、かつての仲間全員とハイタッチしたのです。あれは最高の気分でした。まるで夢を見ているようでした。みんなが叫び声を挙げて、大騒ぎをしています。アンドレッティ・オートスポーツのメンバーが見せたエネルギーにはとても驚かされました。本当に信じられないような経験でした」

「最高のマシーンでした。僕を選んでくれたマイケル・アンドレッティには心からお礼をいいたいと思います。エンジニアのギャレットも素晴らしい仕事をしてくれました。No.26のメカニックも文句の付けどころがありませんでした。そしてミルク……。僕が選んだのは脂肪分2%でよく冷えているもの。あんなにおいしい牛乳は初めてでした! 素晴らしい瞬間でした。あの気持ちは一生忘れないでしょう。スマイル、エネルギー、そして35万人の大歓声」

しかし、勝利の喜びは些細なきっかけで琢磨の脇を通り過ぎていた可能性もあった。「インディ500で勝つには、すべてを手に入れていなければいけません。最高のマシーン、最高の環境、ミスがないこと、そしてすべてが自分の思い通りに運ぶことです。レースが終わってから、燃料タンクなどにいくつかトラブルが起きていたことが判明します。もしもあれほどイエローが出なかったら、フィニッシュできなかったかもしれません。そうでなくても右リアタイアに燃料がかかり、スピンしていた可能性もあります。IMSのひとたちからは『コースがウィナーを選ぶ』といってもらいました。僕は運がよかったのでしょう。でも、誰だって自分を信じて、チャレンジし続けなければ夢はかないません。たとえ40歳になっても夢はかなうのです。それにしても嬉しい瞬間でした!」

琢磨はアロンソとも素晴らしい時間を共有していた。インディ初参戦ながらトップ争いを演じていたアロンソがマシーン・トラブルで戦列を去ったことはご存じのとおりである。「フェルナンドと一緒にいると、いつでも最高に楽しいですよ。彼は目の覚めるようなスピードと、期待どおりの才能を発揮しました。フェルナンドのレースは素晴らしいもので、彼と一緒にできて本当に楽しかった。彼が毎日、微笑んでいるのを見られてよかったし、彼も充実した日々を過ごしていたようです。きっと、またインディに戻ってくると思いますよ」

そして嵐のような毎日が始まった。「本当に信じられませんでした。インディ500で勝つって、こんなにすごいことだったのですね。ウィナーズ・サークルに立ってからは、もうノンストップでした。最初に記者会見をして、メディア向けのインタビューをしましたが、国際的なメディアが10社、さらに衛星放送のテレビ局などが列をなしていました。フィニッシュした直後で、レーシングスーツも濡れたままだったのに、3時間もそれが続いたのです。それからチームのディナーに顔を出して、ベッドに入ったのが午前3時頃。4時間ほど寝て翌朝を迎えたとき、昨日のことが夢だったのか現実だったのか確信が持てなくなりましたが、マネージャーが電話をかけてきてこう言いました。『いますぐ準備をするんだ。あと10分でテレビの生中継でインタビューだ』 ああ、夢じゃなかったんだ! それから恒例のウィナー撮影会があって、インタビューを受けて、インディ500バンケットに出席して、プライベートジェットに乗り込んでニューヨークに着いたのが火曜日の午前2時30分でした。イベントはさらに続きます。メディアの取材が11時間続いて、100媒体を招いたパーティが午後9時に始まって、そのまま飛行機に乗ってテキサスに向かい、水曜日にも様々なイベントに参加しました」

次の週末にはデトロイトのベルアイルでダブルヘッダーレースも控えていたが、そんなことさえ霞んでしまうくらい、琢磨は木曜日になってもモーターシティ(デトロイトのこと)で数多くのインタビューを受けていた。

インディカー・シリーズで挙げた通算2勝目の快挙は、琢磨の母国にとっても大きな意味を持っていた。2011年に東日本大震災が発生して以来、彼が慈善活動の“With you Japan”を意欲的に進めてきたことは皆さんもご存じのとおりだ。「僕が優勝したことは日本にとっても大きなニュースで、各メディアを賑わせているようです。これは本当に嬉しい成績ですし、自分の国のことを心から誇りに思います。僕が優勝したことはとても大きな意味を持っています。2011年に起きた東日本大震災の影響で、いまも20万人を越す被災者が仮設住宅などでの生活を余儀なくされています。このニュースで、そうした多くの人々が励まされ、勇気づけられることを願っています。おそらくテキサスの後で帰国すると思いますが、そこで様々なメディアから取材を受け、たくさんの人たちと会えることを楽しみにしています」

インディ500では獲得ポイントが2倍になるため、琢磨はランキング3番手となって次戦デトロイトを迎える。「デトロイトはもっともバンピーなコースなので肉体的には厳しいレースです。それまでに、エネルギーを蓄えないと!」

written by Marcus Simmons
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