COLUMN |
インディアナポリスのロードコースで行われたインディGPは、当初、佐藤琢磨にとってあまり期待できる展開ではなかったが、結果的に多くのチャンピオンシップ・ポイントを獲得することに成功した。No.26 アンドレッティ・スポーツ・ダラーラ・ホンダは後方グリッドからスタートしながら、最初のピットストップを終えると琢磨は挽回を開始。レース中にイエローフラッグが提示されなかったにもかかわらず、スターティンググリッドよりも10ポジション上の12位でフィニッシュしたのである。
「僕にとってもNo.26をつけたマシーンにとっても難しい週末でした」と琢磨。「プラクティス以降、ずっとスピードが伸び悩んでいたのです」 琢磨は2回のプラクティスをいずれも15番手で終えたものの、予選に向けては不安を感じていた。「チームメイトと比べても、僕のマシーンはトップスピードが不足していました。状況は複雑ですが、僕のマシーンはあまり速くない傾向がありました。ほかのロードコースに比べるとインディGPはペースが速いので、速度差はより顕著になります。しかも、僕たちはハンドリング面でも苦しんでいたのです」 「今回は2デイ・イベントなので、プラクティスの段階からみんなで異なることを試しましたが、45分間のプラクティスを2回行っただけで予選に挑まなければいけません。1回目のプラクティスは昨年同様、ひどく寒く、みんな冬物のジャケットを着ているほどでした! 午後になると日差しが出てきて路面温度も上がりましたが、それでも寒い1日だったことには変わりありません。フリープラクティスではNo.98のマシーンに乗るアレックス・ロッシが好調で、僕は真ん中くらいでした。ライアン・ハンター-レイとマルコ・アンドレッティはレッド・タイアを試すチャンスがありませんでしたが、レッド・タイアに履き替えれば速くなることはわかっていました」 予選での琢磨はフリープラクティスよりもペースが遅くなり、グループ内の11番手でグリッドは22番手となった。「ブラック・タイアで臨んだウォームアップランでもグリップ・レベルが極めて低いことは明らかでした。その理由はダウンフォース不足にあると考えられたので、アタックに向けてダウンフォースを増やしましたが、状況は改善されませんでした。なぜなら、ストレートスピードが目に見えて下がったからです。全ドライバーのなかで、僕がいちばんストレートスピードが遅かったくらいです。そこで夜になってからマシーンを分解してエンジン関連のハーネスを交換するなど、スピードを上げるためにできることはすべて行いました。ウォームアップ・セッションでは、100%とまではいかないまでも状況は改善され、10番手のタイムをマークしました。これは満足のいくもので、午後のレースに向けて士気も上がりました。前日よりは大幅に満足できる状況だったのです」 予選を第1セグメントだけで終えていたため、琢磨は決勝レースで新品のレッド・タイアを2セット使うことができた。また、インディ・ロードコースは比較的オーバーテイクしやすいいっぽう、コースレイアウトの関係でレース序盤を中心にイエローが頻繁に提示されることで知られていた。 「ところが今回はインディGP史上初めて、ターン1でなにもアクシデントが起きませんでした!」 琢磨は声を上げて笑う。「スーパースピードウェイの幅広い部分からコークボトル状にぎゅっとコース幅が狭まるうえ、このセクションがS字状になっているので、誰もがサイド・バイ・サイドになって通過するため、3ワイドになることも珍しくありません。おかげで、いつもここで絡んだりクラッシュが起きたりします。ところが幸か不幸か、今回は全ドライバーが何ごともなくここを通過したのです」 このときすでに琢磨はいくつか順位を上げていた。「これに続くバックストレートでは、インディGPではお馴染みの4ワイドになり、あたり一面にホコリが舞い上がるとともにマシーンは激しくボトミングしました! とっても楽しかったですよ。僕はターン7で1台をオーバーテイクし、続いてスピンしたトニー・カナーンを避けたので、順位を5つ上げることになりました」 それでも依然として26台が混戦を繰り広げており、続く数周で琢磨は数台に抜き返される。いっぽう、イエローが提示されなければレースは3ストップで走りきることになるので、最初のピットストップを行うまでに少なくとも15ラップは周回しなければいけない。このため、琢磨は硬めのブラック・タイアを履いたまま、必要なラップ数を消化しながら、なおかつ全力を投じなければいけなくなった。「グリップを確保する為にリア・タイアの空気圧をかなり低めに設定しなければいけないことはわかっていましたが、実際には少し低すぎたようです。おかげでタイア内圧が適正値まで上がらず、グリップも得られませんでした。タイアが発熱しないことが原因です。おかげでとても不安定な状態で、ひどいオーバーステアに苦しむことになりました」 そこで、やや早めのピットストップを行ってレッド・タイアに履き替えると、琢磨はぐんぐんと順位を上げていくことになる。特にピットストップを終えた直後は、ピット作業を引き延ばしていたドライバーたちをごぼう抜きにするほど速く、15番手に浮上。14番手を走るミカエル・アレシンを追撃していた。そしてロシア人ドライバーをフロントストレートで追い越すのだが、このときはギリギリまでピットウォールに接近し、手に汗握るオーバーテイクを演じたのである。「タイアを交換すると、ラップタイムはすぐに1.5秒か2秒ほど速くなりました。レッド・タイアを履くとマシーンの感触は大幅によくなり、このスティントでは本当に力強い走りができました。最初のラップから次のピットストップを行う直前まで、安定して速いペースを保つことができたのです。しかも、僕はリードラップに返り咲くことにも成功します。彼らが最初のピットストップを行うまで、ラップタイムは僕のほうが速いくらいでした」 「アレシンは速いドライバーですが、ときに不必要なほどアグレッシブになります。彼がポジションを守ろうとしたのは理解できますが、僕をウォールに向けて幅寄せしようとしたことは危険極まりない行動でした。それでも十分なスピード差があったので、僕はスロットルを緩めずに走り続けました。あのときは本当にピットウォールが目前でした!」 2回目のピットストップでは少々タイムをロスしたものの、琢磨よりもさらにピットストップが長引いたコナー・デイリーに先行すると、コース上でジェイムズ・ヒンチクリフをパスし、12番手へと駒を進める。そして3回目で最後となるピットストップが近づいた頃にはスペンサー・ピゴットに照準をあわせていた。ところが、ピット作業中にホイールナットに関連するトラブルが発生、琢磨はまたも数秒をロスすることになる。そして最後のスティントではジョセフ・ニューガーデンにドライブスルーペナルティが科せられた結果、琢磨は11番手に浮上したものの、その7周後にペンスキーのドライバーが追い上げてきたときには反撃のしようがなかった。 「コースにはラバーがのってペースが上がっていました。ピットストップでのトラブルがなければ、もうふたつほどは上の順位でフィニッシュできたかもしれませんが、ニューガーデンだけは防ぎようがありませんでした。ヘアピンで彼にオーバーテイクされたときは、すぐに追い抜き返しましたが、その2周後に今度はストレート上でオーバーテイクされたのです。レース後半の2スティントについていえば、スティント前半の3/4はいい状態でしたが、最後の5〜8周はリア・タイアのグリップ低下に悩まされました。また、最初のスティントを短めにした影響で、燃費面でも苦しい状況に追い込まれました。そうした問題がありながら、一度もイエローが提示されなかったレースで22番手から12位まで挽回したのですから、チームは大健闘したといっていいでしょう」 土曜日に決勝レースが終わっても、彼らがゆっくりと休むことは許されない。月曜日にはシリーズ中もっとも重要なインディ500のプラクティスがスーパースピードウェイで始まるからだ。「本当はインディGPを上位で終えたいところでした。けれども、少なくとも弾みはつけられたと思います。スーパースピードウェイで走らせるのは、同じマシーンですが仕様はまったく異なります。それでも、僕たちは正しい方向に向かって進んでいけるでしょう! アンドレッティ・オートスポーツの強みはマシーンの台数が多いことだけではありません。これまでの数年間にインディ500で残してきた結果を見てもわかるとおり、チームはとても速く、そして強力です。その実力は歴然としています」 「インディ500を戦う為の特別なマシーンは本来、2ヵ月ほどかけて作り上げます。様々な工程を経て、ボディカウルの無駄な凹凸を取り除き、空気抵抗と機械抵抗を極限まで落としたマシーンの仕様変更には非常に多くの作業量を必要とするからです。その為、これまでの僕の経験では、初日はマシーンをシェイクダウンさせて、2日目にベースとなるセッティングをまとめ、3日目からはトラフィックのなかを走行します。ところが、アンドレッティでは走行初日の午後から6台でグループランを行うのです。マシーンがすでにそのレベルにあるのは驚くべきことといえます。インディ500が本当に楽しみで仕方ありません」 written by Marcus Simmons |