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どんなドライバーにとってもレースの目標が15位ということはありえないだろうが、有名なフェニックスの1マイル・オーバルで久しぶりに開催されたベライゾン・インディカー・シリーズの1戦に挑んだ佐藤琢磨にとっては、決して悪い結果とはいえなかった。
No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダに乗る琢磨は、金曜日のプラクティス開始早々に激しいアクシデントに見舞われた。それでも、チームの素晴らしい働きぶり、そしてドクターから受けたアドバイスにも助けられ、琢磨は1ラップ・ダウンながら15位フィニッシュに漕ぎ着けた。この週末、決勝レースまでに走行できた時間は実質的に10分にも満たなかったが、それにもかかわらず価値あるポイントを獲得することができたのだ。 「まだ少し頭が痛みますし、なんとなくだるい感じがします」 レースの翌日、琢磨はそう語った。「でも、レース前には医師の判断を仰ぎながら鎮痛剤を服用しました。アクシデントの衝撃は、なんと78G! 僕にとっての最高記録ではありませんが、それに近い数字です。まるで2010年インディ500のプラクティスで起きたクラッシュを思い起こさせるようなインパクトでした」 ホンダ陣営は、週末を通じて納得のいく結果を残せなかった。とりわけプラクティスと予選では、ひとりを除く全シボレー系ドライバーの後塵を拝することになった。「まるで悪夢のようでした。1ヵ月ほど前にはここでオープンテストを行いました。テストは2日間で、昼間のセッションと夜のセッションがありました。僕らはどちらのセッションも順調に走行を終え、結果にも満足していました。その後、すべての走行データを見直して、予選シミュレーション用のセットアップから少し変更したものを今回持ち込みました」 「これまで僕たちは、まずプラクティスでの走行を行い、セッションの終わりにニュータイアを装着して予選アタックのシミュレーションを行ってきました。しかし今回は異なるアプローチを試みたのです。セントピーターズが終わって僕たちはランキングのトップ10に入っているため、いままで追加で使用することができた1セットのタイアがルールに従って使えないことになりました。週末を通して使用できるセット数が限られている為、ニュータイアでのパフォーマンスを最大限に生かそうと、予選シミュレーションを前倒しにしたのです。そこでややペンスキーを真似たプログラムを採り入れましたが、少し自信過剰だったのかもしれません。規模の大きなチームはセッション開始早々に予選シミュレーションを行うことが多々あります。巨大なリソースを駆使して、情報はできるだけたくさん用意し、すべてを把握して何が起きるかをはっきりと見極められる状態にある必要があります。。いまにしてみれば、あのときの僕たちはまだ不十分な状態でした」 「僕たちはいくつか新しいモノを持ち込んでいました。時間が許せば、それらをひとつずつテストしてどのような効果があるかを確認したうえで、予選用トリムに変更すべきでした。けれども、僕たちは一度に多くのことを行いすぎたのです。ダウンフォースのレベルも十分だったとはいえないし、さらに悪いことには、実際の空力重心は計算結果よりもずっと前方にありました。しかも、このコースは本当にリスキーです。なにしろ、予選用トリムでは5G近い横Gが発生するのですから!」 琢磨のマシーンは瞬間的にコントロールを失い、リアエンドからウォールに激突。しかも、その後、ジェイムズ・ヒンチクリフとカルロス・ムニョスの身にも全く同じアクシデントが降りかかったのである。「オーバルレースでは細かいことの積み重ねが本当に重要になります。スピードを殺さないためにはスリップアングルを限りなくゼロに近づけることが必要で、予選中のハンドリングはほとんどニュートラルになり、ステアリングはほぼ中立の状態になります。これはつまり、リアエンドがいつグリップを失ってもおかしくないことを意味しています。しかもフェニックスのターン1はコーナーの曲率がとても小さく、しかもバンク角は大きいものの非常にトリッキーで、コーナーに入ってからもどんどん変化していきます。あのときは3ラップ目で、まだ全開にしていなかったのに、あっという間にリアが滑り始めてスピンしました。僕にはなす術もありませんでした」 この後、AJフォイト・レーシングのメカニックたちは懸命にマシーンの修復に取り組んだが、琢磨は予選と最後のプラクティスに出走することができなくなった。そこでインディカーのオフィシャルは、決勝前に琢磨だけの特別走行枠を認めた。「通常であればシステム・チェックのための走行しか認められません。アウト/インラップ、それだけです。でも、オフィシャルは5分間の走行を認めてくれました。これには本当に感謝したいと思います」 「もしも自分のミスでアクシデントに遇って、そしてその原因を理解できているなら、コックピットに戻ってから直ちに全開で走行できるでしょう。でも、このようなアクシデントに遇うと、自信をすっかり失ってしまいます。こんな経験は過去5〜6年はなかったと思います。このためマシーンのフィーリングを正確に把握するのは難しい状況となりました。まして、このコースでは20秒ごとにターン2にやってくるのですから大変です。最初のラップでは、僕はスロットルを完全にオフにしました。それから、50%、60%、65%と徐々に踏んでいき、最終的に100%までいったところでチームに呼び戻されました。この走行は、決勝レース前には欠かせないものだったと思います」 ナイトレースに備えてセットアップを変更しなければいけなかったので、チームはジャック・ホークスワースのセットアップの考え方を採り入れることにした。「最後のプラクティスのとき、僕はスポッターエリアに足を運びましたが、とても強い印象を受けました。フェニックスは本当に速いコースです。素晴らしいコースだし、ファンは熱狂的だし、インディカー・シリーズは本当にここに戻ってきてよかったと思います」 「ただし、現状のダウンフォース・コンフィギュレーションでは、走行ラインが非常に限られてしまうので、オーバーテイクはとても難しくなります。だからテキサスやフォンタナとは大きく異なるし、ミルウォーキーだってこんなではないと思います。ターン1とターン2はバンク角が大きくて、ターン3とターン4はフラットなので、まるで小さなポコノのようです。僕たちは状況を鑑みて少しダウンフォースをつけることにしました。こんなふうには表現したくありませんが、ややコンサバティブな手法だったと思います。また、クラッシュの影響でエンジンを交換しましたが、おかげでエンジンはまだ十分に馴染んでいない状態でした。これらの影響でマシーンは走行抵抗が大きく、このためたくさんの燃料を使う状況となりました」 レース前半、琢磨は集団を追いかける形で走行していたが、ドラッグが大きすぎて燃費が悪かったために早めにピットストップを行わなければならなくなった。この結果、琢磨が2回目のピットストップを行った直後にムニョスがクラッシュに遭うという、不運な展開を呼び込むこととなる。 「僕は集団に追いついていたし、ペースも悪くありませんでした。最初のピットストップはイエロー中だったので問題ありませんでした。ところが2回目はグリーン中で、しかも3ラップか4ラップしたところでコーションとなりました。それまでにリーダーはピットインしなかったので、僕は2ラップ・ダウンになってしまったのです」 「ウェイブアラウンドになる可能性もありましたが、このときは集団の後方にいたので、そうはなりませんでした。このため、レースを通じてずっと後方を走行する形になり、17番手前後で周回を重ね、最終的に15位でフィニッシュしました」 「もうちょっといい結果が残せたかもしれませんし、もっと悪くなる恐れもありました。ただし、メカニックたちの奮闘によりマシーンは修復され、僕はレースに出走できました。僕たちは決して速くありませんでしたが、たくさんのことを学びました」 次戦は琢磨がインディカー・シリーズの栄冠を勝ち取ったロングビーチが舞台。しかもロングビーチがあるカリフォルニアは、アリゾナからそう遠くない。「けれども、その前に“500”に備えた最初のテストを行なうため、インディアナポリス・モーター・スピードウェイを訪れます。天気はあまりよくないみたいですが、最初のシェイクダウンとテストができることを期待しています。その後のロングビーチ戦は本当に楽しみです。それも、ロングビーチだからということだけが理由ではありません。好パフォーマンスを発揮したセントピーターズバーグで明らかになったとおり、僕たちのロードコース用パッケージはかなりいい仕上がりです。ロングビーチでは力強くレースを戦えることを期待しています」 written by Marcus Simmon |