COLUMN |
ドラマ満載のレースで佐藤琢磨が2位を勝ち取ったベライゾン・インディカー・シリーズのデトロイト戦からわずか数日しか経っていないというのに、テキサス・モーター・スピードウェイにやってきたNo.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダはとにかくスピードが不足していた。このため、フルコーションはコース上に破片が落ちているのが見つかったときに提示された1回だけとなったレースで、琢磨は16位という不本意な結果に終わったのである。
「たしかに、デトロイトよりもはるかに落ち着きのあるレースでした」と琢磨。「けれども、コクピットのなかは大忙しでした! 僕たちはあまりコンペティティブではなかったので、もう少したくさんイエローが出てくれるとよかったんですが……」 最初のプラクティスでは3番手に入ってホンダ勢のトップに立っていたから、琢磨にとってはもっとずっといいレースになると期待されていた。「順調のように見えたでしょうね。でも、オーバルコースではトー(スリップストリーム)の効きが強いので、プラクティスの結果を鵜呑みにするわけにはいきません。今回、予選前のプラクティスは1回だけしかありませんでしたし、前回のオーバルレースであるインディ500の後で空力コンフィギュレーションは変更され、リアウィングのメインエレメントはダラーラ製の2014年仕様を使うことになりました。その他にも、マシーンの横転を防ぐことを目指した空力面のモディファイが実施されていたので、たくさんのテストを行わなければならなかったほか、予選でどのくらいダウンフォースを削れるかは簡単には見通せない状況でした」 「そのいっぽうで、予選と同じ空力パッケージで決勝を戦わなければいけないという規制もなかったので、自由な面もたくさんあり、決勝レースではウィングレットを追加することも認められました。予選はプラクティスのときと同じようにダウンフォースを減らして挑むので、僕はもちろん自信を持っていましたが、それでも実際の予選にはさらに攻めた姿勢で臨むつもりでした。ただし、結果的には思うように事は運びませんでしたが……」 予選では、何かひどい不運が起きたわけではなかったものの、琢磨は不本意な13番手に終わった。「ストレートスピードを伸ばすためにダウンフォースを減らすことを考えていましたが、そうするとトラクションも同時に失うことになります。トラクションというと、ヘアピンコーナーからの脱出でしか必要がないと思われるかもしれませんが、実際には200mph(約320km/h)を越える速度域でも重要です。ダウンフォースが不足していると、フロントタイアの大きな舵角を引きずってスピードが伸びないだけでなく4輪がスライドし、空気抵抗を減らしても結果的にスピードは伸び悩みます。これは温度とも密接な関係があります。寒い日であれば空気抵抗を削ることで速くなりますが、今回のテキサスは気温が華氏90度(約32℃)以上で、路面温度は華氏120度(約49℃)を越えていました。僕自身はプラクティスより速くなっていたにもかかわらず、ライバルたちはさらに速くなって、13番手に沈み込んでしまいました」 ホンダ勢で最速だったのはカルロス・ムニョス。その内幕を琢磨が明かしてくれた。「彼はスピードウェイ・ウィングレットを使っていました。これだと計算上何mphか遅くなりますが、ダウンフォースが増える分、エアロバランスをよりアグレッシブに設定できるので、前後のタイアのスリップアングルのスライドを抑え、結果的にスピードを上げることができます。なぜ、こんなことを知っているかというと、彼のエンジニアであるギャレット・マザーシードは僕がKVレーシング・テクノロジーにいたときの担当エンジニアで、当時、僕らは同じことを試していたからです。とても興味深いアタックでしたね!」 金曜日の夜には予選後のプラクティスが実施されたが、これは土曜日の夜に行われる決勝レースに向けたプレゼントというべきものだった。ここで得られたデータにチームは満足していたが、夕暮れ時に始まって完全な暗闇に包まれてからフィニッシュを迎えるレースにどのようなセッティングで挑むかは、とても悩ましい問題だった。 「インディカー・シリーズはリアウィングの角度を最大でマイナス6度と定めていましたが、ロードコースで使われるウィングレットなどを用いればダウンフォースを増やすことは可能でした。僕のチームメイトであるジャック・ホークスワースは、マシーンのコントロールが容易になる大きめのダウンフォースを選んでいました。そのほかのマシーンもチェックした結果、僕たちはミディアム・ダウンフォースでレースに臨むことを決めました。これだったら、陽が沈むまでの数スティントを乗り越えれば、その後涼しくなってきて問題はないだろうと考えていましたが、実際にはそうなりませんでした」 それどころか、琢磨はスタート直後から問題を抱え、難しいレースを戦わなければならなくなった。「レース序盤からひどいアンダーステアに悩まされました。このためピットストップするごとにフロントウィングを起こしていきましたが、それでも燃料を使い切るまでフルに走りきることができない状況でした。30ラップを越すとタイアの性能が急激に低下し、平均速度は10mph(約16km/h)以上も落ち込みました。そこで僕たちは給油を少なめにし、タイアのいい状態だけをつないで走行することにしたのです」 ところが、どんなに手を尽くしてもマシーンのハンドリングがスイートスポットを長く捉えることはなかった。「アンチロールバーのセッティングは、いちばん柔らかいセッティング1からいちばん硬いセッティング6まで全部使い切りました。ウェイトジャッカーも-10から+10まで調節しました。これは70ポンド(約31.8kg)のウェイトをマシーンの対角線上で移動したのに相当します。これだけでも、どれだけ大きくバランスをシフトさせたかわかっていただけるでしょうが、それでも全体のダウンフォース不足により、グリップ力を維持させることができませんでした。フロントタイアを労わればリアタイアが根をあげ、リアタイアを労わればフロントタイアが根を上げるという状況で、とても大変な思いをしました」 インディ500であれほど功を奏したピット戦略も、今回は1度しかフルコーションにならなかったこともあって、むしろ遅れを拡大する結果しか招かなかった。「上位陣がピットインした後、僕たちはステイアウトしてウェイブバイを待つことにしました。これはピットストップを終えた先頭グループがステイアウトしている僕たちに追いついた後、レースリーダーをセーフティーカーの真後ろにポジションできるよう、レースリーダーの前にいるマシーンすべてにセーフティーカーを追い越させ、一周先に回らせて隊列の後ろに並べることを言います。つまり、結果的に1周回遅れを取り戻すことができるのです。しかし、このウェイブバイが指示され、僕らは急いでピットに向かい、作業を終えてピットレーンを出ようとしたとき、ペースカーがブレンディングラインを通過していきました。その差は1秒未満でしたが、ルールはルール、僕を含む3台のマシーンがストップ&ゴーのペナルティを科せられました。しかも、ペナルティはグリーンのときのことだったので、僕はほとんど2ラップ・ダウンまで遅れる結果になりました」 こうして、琢磨たちはただポイントを手に入れるだけのために、懸命に戦い続けることとなった。「僕たちは一生懸命努力しましたが、何をやってもいい結果は得られませんでした。チームのメンバーはみんな全力を尽くしてくれましたが、今回はマシーンのスピードが純粋に不足していました」 インディカー・シリーズはいまがシーズンたけなわで、クルーたちは数日後には国境を北に越え、年に1度開催されるトロント戦に挑むことになる。「デトロイトとトロントには、とてもバンピーで、舗装が何度も変わるという共通点があります。だからトロントでもコンペティティブに戦えることを期待しています。どんなレースになるか、楽しみにしていてください!」 written by Marcus Simmon |