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Rd.8 [Sun,31 May]
Detroit Race 2

災い転じて福となす
 デトロイトのベルアイルで開催されるダブルヘッダー・レースでは、毎年決まって驚くようなドラマが繰り広げられる。佐藤琢磨はここでいつも速く、2014年にはコースレコードでポールポジションを獲得しているものの、今年の第1レースで残した11位という成績がデトロイトのベストリザルトとなった事実は、これまで琢磨がどれだけ運に恵まれなかったかを示している。ところが、第1レースの翌日に行われた第2レースでは、当初は好成績が期待できる状況ではなかったにもかかわらず素晴らしい走りを見せて2位でフィニッシュし、同じく2位に入ってその時点でのポイントスタンディングのトップに立った2013年サンパウロ戦以来となる表彰台を獲得したのである。

 No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダに乗る琢磨は金曜日の走り出しから好調だった。フリープラクティスでは9番手で、改良されたエアロキットを持ち込んだホンダ勢のなかでは最速だった。「安全上の理由から、ホンダはフロントウィングを変更しなければならなくなりました」と琢磨。「見ておわかりのとおり、ホンダのフロントウィングはこれまで非常に複雑な形状をしていました。翼端板にもたくさんの空力パーツが取り付けられていたため、インディカー・シリーズはそれらを取り外してよりシンプルな形状にするように命じたのです。そうするとダウンフォースが減少するので、信頼性を向上させながら空力性能を取り戻すためにホンダは大変な作業をこなさなければいけませんでした。このためエアロバランスも変化したので、僕たちはたくさんのテストを行うこととなったのです」

 たった1度だけのセッションの後に予選に臨んだ琢磨は、またもやホンダ勢のなかで抜きん出た存在となった。第1セグメントと第2セグメントを突破した琢磨はファイアストン・ファスト6に進出し、第1レースの4番グリッドを手に入れたのである。このとき琢磨よりも速かったのは、ペンスキー・チームの3台だけだった。「本当に嬉しいです」と琢磨。「セットアップの面でも、コンパウンドが柔らかめで優れたグリップを発揮するファイアストンのレッドタイアの使い方という面でも、僕たちは正しい判断を下し、素晴らしいパフォーマンスを引き出すことができました。路面はとても滑りやすいように思われました。ソフトコンパウンドを装着するとグリップ・レベルが上がるので、たいていはアンダーステアを示します。僕たちのセッティングを施して第1セグメントに挑んだところ、ひどいオーバーステアを示し、最初のラップではひやっとする場面がありました。そのまま2ラップ目に臨まなくてはいけませんでしたが、幸いにも第2セグメントに進出できるいいタイムを記録できました」

 「第2セグメントが始まる前に、僕たちはスプリング・セットを変更したほか、アライメントも一部見直しましたが、おかげでマシーンのパフォーマンスを大きく向上することができました。続いてQ3のタイムアタックに臨んだわけですが、これもいいラップで、4番手になることができました。これはチームにとってもいい結果だったと思います」

 土曜日、チームは第1レース前のウォームアップ走行に臨んだが、その後、ミシガンの空は厚い雲に覆われていった。「暗い雲がやってきて雨が降り始めたとき、僕は『イエス!』と声に出して言いました」 琢磨がウェットコンディションを得意としていることは、いまさら言うまでもない。「本当のところ、僕たちのマシーンはドライでも速かったので、天候はどちらでも構いませんでした。僕が期待していたのは、もしも雨が降るならしっかりとウェットコンディションになって、周囲が濡れていて走行ラインだけが乾いているためにマシーンが1列になって走るなんていう中途半端な降り方にならなければいいというものでした。実際、レースが始まったときはウェットでしたが、水しぶきのためにインディカーは1列になってスタートすることを決めたのです」

 「僕はいいスタートを切りましたが、目の前にはペンスキーの3台が巨大な壁のようになって立ちはだかっていました。背後に迫っていたパジェノーも同じペンスキーです。マシーンのフィーリングは良好で、モントーヤが少し姿勢を乱した隙を突いて彼のスリップストリームに入り、ヘアピンのターン3でそのインに飛び込みました。続いてバックストレートを素早く駆け抜けた僕はエリオ・カストロネヴェスを攻略し、またもやポジションを上げました。残るはウィル・パワーだけです。ウィル、モントーヤ、そしてエリオとバトルをするのは、いつでも楽しいものです。いずれもタフなドライバーですが、リスキーなことをすることなく、見事なレースを見せてくれるからです! 2周目のターン1で素晴らしいチャンスを感じたので、僕はアウト側に回り込みました。4速で回るそのコーナーを最高の気分でクリアすると、ターン2ではサイド・バイ・サイドのまま今度は僕がイン側となりました。これでトップに立ちました。僕たちにとっては本当に嬉しい瞬間でした!」

 それからデトロイトの長いストーリーが始まることになる。新しいコンクリートの舗装はまたたく間に乾き始め、数台のマシーンがスリックに交換するためピットインを行った。琢磨はコース上に留まったが、何度かコーションが繰り返されるうちにそれまでに築いたアドバンテージは霧消してしまう。この結果、ピットでスリックに履き替えてコースに復帰したとき、琢磨は8番手となっていた。それでも、早い段階でピットストップを行わなかったドライバーのなかでは、琢磨が最上位だったのだが……。「No.14のメカニックたちはバツグンの働きをしてくれました。僕はいちばんにピットに飛び込み、誰にも抜かされることなくピットレーンから加速することができたのです」

 運悪く、ジョセフ・ニューガーデンの後につけていた琢磨は、彼と接触してフロントウィングにダメージを負ってしまう。「僕はニューガーデンの強引なドライビングが好きではありません。僕はすでに彼と並んでいたのに、彼が覆い被さってきて、僕は縁石に乗り上げる形になりました。この縁石が高かったためにモノコックと接触し、路面に着地したときには十分なグリップを得ることができずに絡み、フロントウィングを引っかけてしまいました。この様子を後から見ていたエリオは、レース後に僕のところにやってくると、ニューガーデンはインディ・グランプリであれとまったく同じことを僕にしたと話してくれました」

 「フロントウィングの半分を失ったものの、僕はエリオに抜かされただけでした。やがてイエローになったので、チャンスとばかりにタイアを交換し、新しいノーズを装着することにしました」

 しばらくすると、再び上空は暗い雲に覆われていき、チームのレーダーは間もなく激しい雨が降ることを告げていた。最初の雨粒がピットスタンドに舞い降りたとき、ほとんどのチームはドライバーにレインタイアへの交換を呼びかけたが、それはすぐに早計だったことが明らかになる。琢磨を含む多くのフロントランナーたちはドライ路面をレインタイアで走り続けたものの、スリックタイアを履いたドライバーたちははるか前方を走っていた。「あれは苦しい状況でした!」 琢磨は冗談めかしてそう語った。「ドライ路面をウェットタイアで走っている僕たちは、みんなタイアを滑らせながらレースをしていました。僕は何人かをオーバーテイクしましたが、スリックタイアを履いているドライバーを抑え込むのは不可能でした」

 それでも、望みが完全に絶たれてしまったわけではない。やがて本格的な雨が降り始めると、琢磨は新しいレインタイアに履き替えるためにピットに飛び込み、イエローが提示される直前にコースに復帰することに成功する。「最後まで走りきれるだけの燃料を積んでいました。それに、僕が本当に順位を争っているドライバーは目の前の5人だけで、他のドライバーは全員、もう1度ピットストップを行わなければいけないこともわかっていました」 けれども、激しい雷鳴が轟くようになってレースは中断され、琢磨を含む多くのドライバーの期待は打ち破られることになった。こうして琢磨は11位でフィニッシュしたのである。

 続いてはどんな災難が降りかかったのだろうか? そう、それである。第2レースのスターティンググリッドを決める日曜日の予選は激しい雨のためにキャンセルとなり、その時点までの獲得ポイント順に整列してスタートする判断が下されたのだ。これで琢磨が駆るNo.14は15番グリッドからレースに臨むことが決まった。「僕がどのくらいガッカリしたか、想像できますか? 僕は雨の予選を楽しみにしていました。最初のグループが出走し、次は僕たちの番でした。そこで1周を走ったところで赤旗が提示されたのです。本当に残念でした!」

 第2レースでは雨が降り続け、第1レースでの不運を払拭する環境が整った。思い起こせば、2011年のサンパウロ、2012年のボルチモア、2014年のヒューストンも、琢磨は雨のなかで必ずトップを快走していながら、単なる不運のために栄冠を取り損ねていたのだ。いずれにせよ、チームが最初に取り組むべきことはセットアップの変更だった。「チームメイトのジャック・ホークスワースもウェットではとても速いドラライバーですが、彼は予選で走ったときのマシーンのフィーリングには納得がいかなかったようです。そこで僕たちは頭をひねり、これまでとは異なるアプローチを試すことにしました。しかしながら、僕もジャックも、スタート時には気温が10℃台と低くグリップがまったく得られなかったために、とても苦しみました。まるでグリップせず、何をしても反応してくれなかったのです」

 最初のピットストップでタイアの空気圧を変更したところ、琢磨は次第にポジションを上げられるようになったが、今度はコースが乾き始めたためにスリックタイアへの交換が必要となった。「僕がスリックタイアに履き替えたいと強くリクエストしたところ、チームはロングランでも安定したタイムで走れるブラックタイアの装着を勧めました。けれども、ちょい濡れの路面にはレッドタイアがマッチするのです。そこで、ピットインまであと3つのコーナーを残すだけとなったとき、僕はレッドタイアの必要性を主張しました。チームにとっては間際になってからの変更でしたが、それでも彼らは驚くほど素早くピット作業を終えてくれました!」

 この後、何度かイエローコーションが繰り返される間に、琢磨はぐんぐんと順位を上げていった。当初より琢磨はフィニッシュに漕ぎ着けるために燃料をセーブしていたが、グリーンが長く続けばそれはかなわない相談だった。琢磨はパジェノー、ニューガーデン、カストロネヴェス、スコット・ディクソンをパス。続いてニューガーデンがクラッシュしてイエローとなったときには4番手に浮上していた。「トップ10でも決して悪くないし、トップ5でも素晴らしい成績だと思っていたので、絶対に完走したいと考えていました。けれども、4番手になり、3番手になると、もっと上位を狙おうとする気持ちを抑えきれなくなるものなのです」

 琢磨は3番手を走るグレアム・レイホールへのアタックを開始する。そのレイホールがあまりに激しいブロックを続けたため、インディカーのオフィシャルは次にイエローが提示されたとき、琢磨にポジションを譲るようレイホールに指示した。「どうしてあんなことができるのでしょうか? 僕たちはお互いホンダ・ユーザーなのです! 僕は何度か引きましたが、そうでなければ壁に激突していたでしょう」

 これで琢磨はセバスチャン・ブールデとファン-パブロ・モントーヤに続く3番手に浮上することになった。しかも、もう1度リスタートが行われる気配が濃厚だった。「セバスチャンは穏やかに加速せねばならないゾーンで減速するようなトリックを使いました。そんなことをするなんて想像もしていませんでしたが、とにかく、彼はそうやってリードを広げていったのです。その影響で僕たちはリスタートだというのにブレーキを使わなければいけませんでしたが、おかげでモントーヤが大きく姿勢を乱しました。これは僕にとって理想的な展開でした。このチャンスを使って彼を攻略すると、僕は2番手に浮上しました」

 このオーバーテイクはぞくぞくするほどエキサイティングなものだったが、これで琢磨の前を走るのはブールデひとりとなった。けれども、レース終盤にヴォルティエの無謀な運転の煽りを食らってパワーがカストロネヴェスと絡むアクシデントを起こすと、インディカー・オフィシャルはリスタート後に3周のスプリントレースを確保する為に、赤旗を提示して競技を終わらせたのである。

 「ブールデにはプッシュ・トゥ・パスが1回分しか残っていませんでしたが、僕は4回分を残していました。それに赤旗にならなければ6周も戦えたので、十分にチャンスはあったと思います。それどころか、ブールデは6周を走る燃料を持ち合わせていなかったとレース後に聞きました。しかし、非情にもレースは残り5分のタイムレースとなり、3周を残してレースは終了となりました。ブールデは最後のリスタートでも減速をしていました。コースの一部には、木の陰になって彼が何をしているのかカメラには移らない場所があるのです。ブールデの減速の煽りを食らって僕が減速したところ、レイホールが僕に追突し、最良のタイミングでスタートダッシュを決めるチャンスを失う結果になりました。ターン6で姿勢を乱したブールデを僕が追い詰めたこともありましたが、最後の2周は防戦するだけでした。さらに僕をウェット・パッチ上に追い込もうとしてきたので、とてもリスキーな状態でした。このような状況にもかかわらず、AJフォイト・レーシングは素晴らしい働きをしてくれました。バツグンの仕事ぶりだったうえに、ラリー・フォイトの戦略は的確だったので、僕は100%までプッシュすることができました」

 このレースが終われば、フォイト・チームのホームコースであるテキサス・モーター・スピードウェイでのレースまであと数日を残すのみとなる。「この冬は、AJが心臓のバイパス手術を受けたので、心が安まることはありませんでした。デトロイトは彼が復帰して3レース目だったので、彼のためにいい成績を残せてよかったと思います。テキサスのレースは楽しく、チームにとっては重要な一戦となります。そこでも上位でフィニッシュすることを楽しみにしています!」

written by Marcus Simmon
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