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Rd.1 [Sat,13 September]
Beijing

昔なじみの仲間と勝ち取ったファステストラップ
 レースの1週間前になっても、北京で開かれるFIAフォーミュラE選手権の開幕戦に佐藤琢磨が出場するかどうかはまだ決まっていなかった。その6日後、“鳥の巣”の愛称で知られる北京国家体育場周辺のサーキットで琢磨がしていたのは、アムリン・アグリから参戦するふたりのドライバーをコーチすることではなく、初開催となったエレクトリック・フォーミュラカーレースでファステストラップを記録し、2ポイントを獲得することだった。

 いまさら“アグリ”の名に説明は不要だろう。日本レース界のヒーローである鈴木亜久里は、スーパーアグリを結成して琢磨とともに2006〜2008年のF1グランプリに参戦した。その亜久里がパトロン役を務めるのがアムリン・アグリであり、スーパーアグリ時代から琢磨が知っているスタッフが何人もこのチームに在籍していた。

 「EVには関心を持っていました。フォーミュラEは従来のモータースポーツとは大きく異なるもので、未来のイベントといっていいでしょう」と琢磨。「非常に魅力的なシリーズです。イギリスのドンニントンパークで行なわれたオープンテストに参加したときには、スーパーアグリ時代からのたくさんの知り合いに会うことができて、とても嬉しく思いました。フォーミュラEの全チームはドニントンパークに本拠地を構えているのです。このテストに僕が参加したのは、キャサリン・レッグのチームメイトとして出場するはずだったアントニオ・フェリックス・ダ・コスタの都合がつかなくなったのが原因です。チームを取り仕切っているマーク・プレストンから電話が掛かってきて、チームを助けてくれないかと訊ねられたので、僕は『よろこんで!』と答えました。それでイギリスに飛んでいき、ドニントンでマシーンを走らせました。あのコースを走ったのは、イギリスF3選手権でチャンピオンをとった2001年以来のことです!」

 「テストが終わると直ちにアメリカに戻り、ソノマとフォンタナで行なわれたインディカー・シリーズの終盤戦に挑みました。そして北京のレースの数日前に、再び電話が掛かってきました。それは本当にギリギリのタイミングでしたが、それでも彼らと中国のレースに出場できるチャンスは残されていました。中国に到着する2日前の晩、僕はシカゴで開かれたABCサプライのイベントに出演していました。そこから日本に飛んでひと晩だけ過ごし??たぶん滞在時間は20時間くらいだったと思います??、そこから中国に向かいました。ただし、インディカー・シリーズのウィンターテストがどのようなスケジュールになるかまだわからないので、フォーミュラEは基本的に1戦だけの参戦です。なにをやるにしても、僕は100%準備を整えてからチャレンジしたいのです」

 「チームの手助けができることを僕は本当に嬉しく思いました。なにしろ、亜久里さん、マーク、テクニカルディレクターのピーター・マクール、僕のエンジニアだったジェリー・ヒューズなど、スーパーアグリの頃からの知り合いがみんな揃っていたんです。ジェリーはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからインディカーに参戦した2012年にも僕のエンジニアを務めてくれました。メカニックのなかにもよく覚えている顔がたくさんありました。けれども、北京のレースに向けた準備は本当に最小限のことしかできなかったので、厳しい戦いになることが予想されました。僕はワクワクとしていて、いいレースをしたいと願っていましたが、冷静に考えれば、トップチームは長い時間を費やしてこのレースに備えていたので、彼らに勝つのは容易なことではないと感じていました」

 フォーミュラEはフリープラクティス、予選、そして決勝をすべて土曜日に行なう1デイ・イベントとして開催される。ただし、開幕戦に限っては、まったく新しいイベントであることを鑑みて、金曜日に短いプラクティスが実施されることとなった。また、バッテリーのライフが短いため、ドライバーひとりに2台のマシーンが与えられ、ドライバーはレースの半ば前後に2台のマシーンを乗り換えることになる。したがって、ここでも戦略を駆使する余地が生まれるが、それはインディカーのように給油やタイア交換を行なうわけではなく、おそらくウィングを調整する程度のことだろう。とにかくフォーミュラEはまったく新しいイベントなのである。

 「昔からよく知っているメンバーとパドックで再会する気分は最高でした。F1時代の仲間だけでなく、F3時代から知っているスタッフもいました。金曜日のセッションは、僕たちにとって非常に貴重なものです。いくつものメニューが考えられましたが、実際に僕たちができるのはマシーンのシェイクダウンだけでした。素晴らしいレイアウトが施されたコースはとても興味深く、中くらいの長さのストレートやハードブレーキングをするポイント、さらにはシケインや典型的な90度コーナーもありました。ただしシケインは非常にコース幅が狭いので、2台同時に進入するのは不可能です。もともとオリンピック会場だったところをコースに使っているので、インディカー・シリーズで実際に使われる市街地コースよりもはるかに路面はスムーズでした」

 琢磨とアムリン・アグリ・チームは、大抵のレーシングチームが最初のプラクティスで行なう作業、つまり車高やスプリング、そして空力セッティングなどのチェックを行なったが、それと同時に新しい要素であるエネルギー・マネージメントにも取り組まなければならなかった。普通のレースであればただ燃料を消費するだけだが、フォーミュラEにおけるエネルギーのやりとりはもっとはるかに複雑なものだ。「予選ではとにかく最大限のパワーを引き出せばいいので、戦い方としては比較的シンプルです。ただし、モーターとバッテリーはすぐに熱くなるので、計測ラップは2周しか走れません。けれども、2台のマシーンで25周を走行するレースはだいぶ様子が異なります。コースの一部ではエネルギー消費を抑えた走り方をしなければいけませんし、逆にストレートでは大パワーを駆使することになります。とにかくパワー・マッピングが非常に重要となります。これがフォーミュラEにおける最大のチャレンジといってもいいでしょう」

 「2回目のプラクティスではマシーン・トラブルが発生したため、計測ラップ2周分しか走れませんでした。また、もう1台のマシーンに乗り換えることもできなかったので、予選シミュレーションを行えませんでした」

 トレッドにグルーブが彫り込まれたミシュラン・タイアでさえ、チームに新しい課題を投げかけていた。「18インチ・ホイールを使っているので、タイアのハイトは非常に低くなっています。しかも作動開始温度が低いので、ウォームアップを行なわなくても十分なグリップが得られます。レスポンスの点でも申し分ありませんが、扁平率が小さいためにサイドウォールはとても硬く、このためハンドリングはトリッキーです。ブレーキングも簡単ではありません。フォーミュラEではカーボンブレーキが使われていますが、その温度管理はシビアに行なわなければなりません。もしも正しい温度になっていないと本当にひどい目に遇いますが、その理由の一端はこのマシーンにはブレーキダクトが取り付けられていないことにあります」

 「予選で本当にアタックできたのは1周だけでしたが、そのときもトラフィックに引っかかってしまいました。僕の前を走るドライバーはミスを犯し、アタックを中断していたのですが、それでもライン上に居座っていたのです。このため、高速コーナーへの進入だというのに、オーバーテイクするのに1度ブレーキを使わなければいけませんでした」

 おかげで予選14位となったが、セバスチャン・ブエミにペナルティが科せられたため、琢磨は13番グリッドからスタートすることになる。ここから先は、結果的に普通のレースとそう大きくは変わらなかった。好スタートを切った琢磨は1コーナーのアウトサイドからジェローム・ダンブロシオを抜き去り、その後スライドを喫したためにターン2には3ワイドで進入する展開となる。ここでブルーノ・セナは琢磨との接触は回避したものの、イン側の縁石に大きく乗り上げてリタイアに追い込まれてしまう。これが引き金となってセーフティカーが出動。その後はオリオール・セルヴィアやネルソン・ピケJr.らと手に汗握るバトルを繰り広げながら、琢磨はギリギリでトップ10圏内に踏み留まるポジションで走行を続けていた。

 「レースはとてもエキサイティングでした。なかにはエネルギーを温存しているドライバーもいれば、積極的に攻めているドライバーもいました。ただし、僕のマシーンは無線が壊れていたため、ピットとはまったくコミュニケーションがとれませんでした。これは、テレメトリーシステムを持たないフォーミュラEでは非常に困難な状況といえます。本来は、無線を通じて現在使用しているエネルギー量をピットに伝えるのですが、これができなかったので、サインボードを使って予想されるエネルギー消費量を伝えることにしました。ただし、僕は目標を下回る量のエネルギーしか使っていないことを知っていたので、最初のスティントの周回数を他のドライバーより1ラップ引き延ばせると考えていました。そこから2台目のマシーンに乗り換えたのですが、当然、使用できるエネルギー量は増えるので、レース後半は攻めていけると期待していたのです。ところが、残念なことに電気系統にトラブルが発生したために電源が落ち、マシーンが止まってしまいます。ただし、ダッシュボード上では様々な表示が点滅していたので、エネルギーはおそらく残っていたはずです。僕は何度かリセットを試みましたが、マーシャルの手で待避路に遅戻されてしまいます。最後はマシーンが息を吹き返してくれましたが、そのときには周回遅れとなっていました」

 「ようやく2台目に乗り換えることができました。バッテリーは満充電状態で、無線も快調です。僕は徐々にライバルたちに追いついていったので、とても楽しいレース展開となりました。しかも、今回は高いレベルの戦いができたことに深い満足感を覚えました。ところが残念にも最終ラップで電気系のトラブルが再発してしまい、マシーンを停めることになったのです」

 残り1周で戦線を離れてしまったが、琢磨は第2スティントが短めだったうえに、ここでバッテリーに充電されたエネルギーをフルに活用することができたので、フォーミュラEの記念すべきファステストラップ第1号を記録することができた。「フォーミュラEにおける史上初のファステストラップをマークできたので、なかなかいい気分でした」

 というわけで素晴らしい結末となったが、今後のフォーミュラEに琢磨が参戦するかどうかはまだ決まっていない。なにしろ、インディカー・シリーズの2015年シーズンに向けて盤石の体制を築こうとしている琢磨は、速ければ11月にもウィンターテストを開始することを検討しているのだ。「ファンの皆さんもフォーミュラEのレースを楽しんでいただいたと思います。おそらく、期待以上に楽しかったのではないでしょうか? 実際、フォーミュラEは面白く、チャレンジングで、1年とかからずにもっとエキサイティングなレースとなるでしょう。アムリン・アグリ・チームのみんなと一緒に戦うことができたのは最高の気分でしたし、たとえレースには参戦しなかったとしても、何らかの形でチームのサポートは続けていくでしょう。どんな形でもチームを助けていくことはできます。アムリン・アグリが今後パフォーマンスを向上させていくことを心から祈っています!」

written by Marcus Simmon
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